建築・省エネリノベーションコンサルタント 黒田大志さんインタビュー
「性能」の先にある「自分らしい」暮らし
ちょっと先、のくらし #03
のくらし副編集長 宮嶋が、多様な皆さまにちょっと先の未来をお聞きする「ちょっと先、のくらし」第三回。今回の対談相手は建築・省エネリノベーションコンサルタントの黒田 大志さん。かつてはリビタでマンションや戸建てのリノベーションに携わり、多くの耐震・断熱性能を高めた住宅を手掛けてきました。今回は「住宅性能をどうアップさせるのか」の少し手前、「住宅性能についてどう考えるか」を中心にお話しいただきます。
意識高そうで低い、日本の戸建ての耐震性
宮嶋:黒田さんは、古い住宅の性能をアップするリノベーションを数多く手掛けられていますね。いわゆる「住宅性能のプロフェッショナル」ですが、今の日本の住宅性能についてどう感じてらっしゃいますか?
黒田さん(以下敬称略):「住宅性能」というと、一般の方がまずイメージするのは耐震。その次に断熱(省エネ)ですね。
宮嶋:たしかに日本は地震が多いので、耐震意識は高そうです。
黒田:日本は大きな地震があるごとに耐震基準が変わってきていることもあり、皆さんの意識は高いんですよね。
宮嶋:意識「は」というのが気になります…。
黒田:まさにそこなんです。日本の戸建ては「意識は高いけれど、実際の耐震性能は低い」というのが現実です。その理由のひとつが建築基準法の「4号特例」。簡単にいうと「本当は完成後に第三者の建築確認の完了検査をしたほうがいいけれど、戸建ては数が多いので、建築士、建設業の有資格者に任せ、構造規定の審査を省略して良い」というものです。性能が各工務店や設計事務所に委ねられているから、古い戸建てのなかにはチェックが甘くて耐震性能が不十分な建物も少なくありません。その場合、リフォームやリノベーションの際は耐震工事が必要になるケースもあるんです。
2025年には4号特例が縮小される予定ですが、中古住宅を購入する際は、専門家にしっかりと見てもらったほうがよいでしょう。
健康に暮らすには何をするべき?から住宅性能を考える
宮嶋:それでは断熱(省エネ)はどうでしょうか。
黒田:断熱も欧米に比べると、日本の意識は低いと感じています。その理由は日本の住まいの歴史を遡ると見えてきます。たとえば昔の日本家屋で、障子や襖に仕切られた部屋にみんなが集まりコタツ(古くは囲炉裏)であたたまるのが普通でした。「採暖する」という文化が根付いているんです。今はエアコンや床暖房が普及したものの「採暖する」という発想そのものは変わっていません。
宮嶋:「家族があたたかい部屋に集まる」というのは今も変わらない文化ですよね。
黒田:これに対して欧米は「断熱を強化して家全体をあたためる」という発想です。少ないエネルギーで家をあたたかくするんです。
日本の住宅性能が遅れているわけではなく、暮らし方や文化の違いから断熱性能に差が生じてしまったのだと思います。
宮嶋:そのような独自の文化がある日本では、どのような住まいづくりをすればよいでしょうか。
黒田:断熱することによって省エネ住宅になるし、光熱費が下がることは皆さんご存知だと思います。でも省エネそのものが目的になってはいけない。「まずは健康・快適に暮らすには何をするべき?」そこから考えていくほうが、住まいづくりとしては正しいんです。
宮嶋:「省エネ住宅にしよう」ではなく、「自分自身の健康を問いただしてみる」ということですか?
黒田:そうです。「カビが出るからアレルギーになりそう」「お風呂が寒くてヒートショックになりそう」といった健康面での不安や問題を認識してから入るほうが、手を加える箇所が明確になります。とくにヒートショックは交通事故よりも多いというのは周知の事実です。気温の変化によって血圧が上下すると、特にご年配の方は心臓や血管の負担が大きくなるんです。家全体の温度が均一になれば、その心配もなくなりますね。
リノベーションをするときは「そもそも今の住まいが不健康である」という前提からスタートして、「健康な住まいにするために、何の性能を高めたらよいか」を考え、手を加えていくことが大切なんです。
「正しい断熱」をスポーツウェアに例えてみると
宮嶋:黒田さんのお話をお聞きしていると、断熱の重要性がより実感できます。
黒田:ありがとうございます。でも、むやみやたらに断熱すればいいという事ではないんです。新築やリノベーションなどを行う住まいの作り手が、不健康をもたらしている「原因」とその「性質」をしっかり理解して対策を取る必要もあります。
たとえば結露は暖かい水蒸気を含む空気が冷やされ、一定ラインを超えた水蒸気が飽和し、水になることで発生します。暖かい空気は気温の高いところから低い方に流れる性質があるため、リビングをあたたかくした時に、建具の隙間などから寒い部屋に暖気が流れ、窓枠やガラス、見えない壁内などが結露してしまうんです。また、あたたかい部屋ではカーテン裏に暖気が流れ、窓際の冷たい空気と混じることでも結露となります。
宮嶋:気密性が低い状態で、部屋をあたたかくするほど、見えない場所で結露が発生しやすくなるんですね。
黒田:そうなんです。だから断熱・省エネ対策をするときは、湿気と空気の流れをセットで考えなければいけません。
わかりやすいのがスポーツウェアですね。人間は発熱体で汗も出ます。だからスポーツウェアは「肌に触れるところに何を着るか」「その上に何を重ねるか」といったレイヤーが考えられているんです。一番下には熱を逃がす速乾性の下着、さらに化繊のシャツ、その上にウィンドブレーカー。よくアウターに採用されるゴアテックスは、雨風を防ぎながら湿気を外部へ逃がすのがとても優れている繊維なのです。
基本的に戸建ての外壁側(通気層の内側)には透湿防水シートが使われていますが、これがスポーツウェアで言うところのゴアテックス。外部からの雨水の侵入を防ぎながら、壁内の湿気を外に逃がしてくれるんです。
宮嶋:身近なもので考えるととてもわかりやすいですね。
性能というベースの先に、自分らしい暮らしがある
宮嶋:住まいの健康=住まいの性能だということがよくわかりました。もっともっと住まいの性能を考えていかなければいけないですね。
黒田:でも住まいに快適性能はあって当然で、わざわざ訴えるまでもないものだということは、心に留めておいてほしいと思います。自動車を売る時に「この車ってブレーキがついていてすごいんです」なんて言わないですよね。それくらい断熱や省エネは基本的なものなんです。
だからこそ、みなさんが中古住宅を買ってリノベーションするなら、まずはその住まいの健康状態を把握するところからスタートするのがよいと思います。その上で「どこまで性能を上げる?」、その次に「どんな暮らしがしたい?」と考えていくのが正しい順番です。
宮嶋:性能アップはコストがかかるため後回しにされがちですが、最近では補助制度も充実していますね。
黒田:おっしゃるとおり、耐震や断熱改修をすれば今は補助金がもらえます。国と自治体の両方から支給されることも。ここ数年で社会が省エネ志向にシフトしているので、制度はかなり充実してきました。そうした情報をきちんとキャッチアップすると、とても経済的に住宅の性能をアップできます。
宮嶋:最後になりますが、ちょっと先の未来にはどのような「暮らし」が待っていると思いますか?
黒田:「自分らしい暮らし」です。趣味や家族、仲間との時間をフォーカスした暮らしなど、人それぞれの自分らしさがあります。そこがより自由になっていくのではないかな、と。
とくにここ数年は、ワークスタイルの変化によって自宅で過ごす時間・過ごす場所がどんどん変わっています。今の暮らしはフレキシブルで、多様性に溢れているんです。だからこれからは、ベースとなる健康を整えた上で、それぞれの暮らしにアジャストできるような家や暮らしを支えられるような住まいづくりが大切だと感じています。
あとがき
「健康な住まいをベースに」と何度も繰り返されていた黒田さん。耐震・断熱・省エネをひとことで「住宅性能」とまとめてしまうと専門的で難しく考えてしまいそうですが、ひとつひとつが「健康にかかわるもの」だととらえると、輪郭がはっきりと見えてきます。ワークスタイルが変化し、暮らしが多様化している中で、フレキシブルな住まいを提案し続けているリビタ。それは住まいの健康、つまり基本的な「性能」が万全だからこそ可能なことなのだと、あらためて感じました。揺るぎないベースの上に、快適さや自分らしい暮らしが成り立っていることを、より強く考えさせられたインタビューとなりました。
’96年野村ホーム株式会社((現)野村不動産ホールディングス))入社を経て、’03年株式会社都市デザインシステム((現)U D S株式会社)入社 。コーポラティブ方式の戸建事業などに従事 。’ 08年株式会社リビタへ入社し、社宅・団地の再生やリノベーション分譲事業、中古戸建の性能向上など既存住宅市場拡大のための仕組みづくりを推進。現在、独立しGECKOを開設、Japan asset management株式会社取締役、u.company株式会社パートナー、リノベーション推進協議会品質基準技術委員も兼務。戸建リノベーションを中心として建築全般のディレクションを行いながら、全国各地でのコンサルティングやセミナー・取材対応も積極的に行っている。