影山知明さんインタビュー育てなくても人は育つ。一人一人の種を受け止め、町に広がる植物のような喫茶店|まちとのつながり

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まちとのつながり

影山知明さんインタビュー
育てなくても人は育つ。
一人一人の種を受け止め、町に広がる植物のような喫茶店

目 次
  1. 1あえて作り込まない。客側に主導権のある店
  2. 2次々と花を咲かせるスタッフたち。今度は客も巻き込んで
  3. 3人は育てなくても育つ。ただ、待てばいい
  4. 4機能性で人を見ない。ありのままの「存在」を受け止める場所

場のプロデューサー・横石崇の『しごとば探訪』。連載3回目に訪れたのは、胡桃堂喫茶店です。一般的な喫茶店のイメージの範疇を超え、国分寺という町全体を舞台に、植物のように活動の幅を広げ続ける同喫茶店。施された空間的工夫と仕事哲学を店主の影山知明さんに伺いました。―この記事は、働くと暮らすが同居するさまざまな空間を訪問することで、これからのオフィスづくりや新しい働き方のヒントを探るコラムです。

中央線・西国分寺駅前に2008年にオープンしたクルミドコーヒーは、一日およそ120人の客が訪れ、食べログのカフェ部門でも常に上位に入る人気店です。2017年には隣の国分寺駅近くに2店舗目となる胡桃堂喫茶店を開業。店そのものとしても盛況ですが、出版業、書店業、哲学カフェ、地域通貨、お米づくりと、国分寺という町全体を巻き込んで活動の幅を広げていることでも注目を集めています。

こうした活動の一つ一つは、あらかじめ計画されたものではないのだそう。店主・影山知明さんの最新著『続・ゆっくり、いそげ』の背表紙には「成果の達成のために最短距離をいくのではなく、一人一人や偶然に機会を与えるようにお店をつくったら、それは木が枝を広げるように大きく育った」とあります。マッキンゼーやベンチャーキャピタルで資本主義社会のど真ん中を邁進してきた過去もある影山さんはいま、それとは正反対のやり方で、二つのカフェを営んでいるのです。

町に枝を広げる植物のような喫茶店。そこにはどのような空間的工夫が施されているのでしょうか。「誰だってその人にしかない種を持っている。その種が芽を出すための土でありたい」と語る影山さんに、雨の6月末、胡桃堂喫茶店でお話を伺いました。

あえて作り込まない。客側に主導権のある店

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コンサルティング、ベンチャーキャピタルを経てカフェ店主に。エプロンもスーツも着こなす影山さん

横石 今回はクルミドコーヒーではなく、あえて2店舗目の胡桃堂喫茶店を取り上げたいと思っています。まずはこちらのお店を立ち上げることになった経緯から教えてください。

影山さん 2008年に最初の店、クルミドコーヒーを出すまで、ぼくはコンサルティングや投資ファンドなど、どちらかと言えばスーツを着てするタイプの仕事ばかりをやっていました。そんなぼくがカフェをやることになったのは、もともとあそこにあった実家を建て直す話が持ち上がった、その流れの中でのことで。

けれども、しばらくやっていくうちに、カフェに対するいろいろな可能性を感じるようになりました。途中からは「自分の天職はカフェの店主だ」と躊躇なく言えるようにもなった。そうして8年目を迎えたころには、二つめの店を作りたいと思うようになっていました。

ありがたいことに、クルミドコーヒーにはたくさんのお客さんに来ていただいていて、土日のティータイムはご案内が難しいくらいになっていました。また一方では、チームのメンバーが新しい挑戦のフィールドを求めているようにも感じられていた。外側と内側、両方の理由が重なって、2店舗目の話が動き出したのです。

しばらくはいい場所が見つからずにいたのですが、ご縁あっていまの大家さんと知り合い、ここを貸してもらえることになりました。こうして2017年3月にオープンしたのが、この胡桃堂喫茶店です。

ここにはもともと築40年の建物が建っていて、亡くなった大家さんのお父さまが住まわれていました。ぼくとしてはリノベーションして使うつもりでいたのですが、大家さんがお金を出してわざわざ建て替えてくれて。ですから、どこに開放部を作るかとか、階段の広さとか、天井の高さや給排水の位置といったことまで、ありがたいことに、ぼくらのリクエストを汲んでもらっています。

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2階にある一角で流れるゆっくりとした時間

横石 いい感じにレトロな雰囲気なので、てっきり古い建物をそのまま使っているのかと思いました。

影山さん ええ、そうなんですよね。ビジネスの常識に照らせば、こうした店を作る際にはなるべく初期投資を抑え、それを3~5年で回収していくモデルをいかに作るかと考えるのが普通でしょう。ですが、国分寺はぼくの地元。そこに根を張ってやっていくからには、短いスパンではなく、50年とかっていう単位で続く店にしたい思いがありました。

50年先を思い浮かべるには、50年前まで遡ってみるのがいい気がしています。50年、100年と受け継がれている仕事に潜む本質性には、必ず学ぶところがあるはずですから。そこで調べてみると、日本における喫茶店の歴史はちょうど百年ちょっとあることがわかりました。1888年に上野にできた「可否茶館」が日本における最初の本格的な喫茶店であると言われています。

可否茶館を作った鄭永慶さんはもともと海外に留学していたようなエリート。ですが、かつての同僚が上流階級の社交の場として鹿鳴館を作ったのを横目で見て、「これからはそういう時代ではない。もっと市井の人が集まる中から何かが始まるような場こそが必要だ」と考えたそうです。そうして作ったのが可否茶館でした。

結果として可否茶館は4、5年しか続きませんでしたが、鄭さんの仕事があったおかげで、日本における喫茶店の歴史が始まったわけです。ですから、ぼくは常々、彼が可否茶館に込めた思いをいいかたちで引き継げたらと思って活動しているところがあります。

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空間もさることながら特製珈琲も堪能してみてほしい

横石 それで店構えとしても少し大正時代前後を思わせるものになっているんですね。

影山さん はい。そのように感じていただけていたならうれしいです。ただ、ここまで歴史に絡めて自分なりの思いなどお話しもしましたが、生業としての喫茶店に大事なのは結局のところ、お客さん一人一人が元気になって帰ってくれるかどうかに尽きると思います。あまりコンセプトや仕掛け的なものが先行して、本分が蔑ろになってしまっては意味がありません。

ただ、クルミドコーヒーと胡桃堂喫茶店とでは思い描いている場のイメージは随分違います。クルミドコーヒーのほうは店側に主導権のあるタイプの店だと思っています。自分たちで言うのも変な話ですが、お店に、クルミドコーヒーとしての世界観が作り込まれてあるので、お客さんはあまり考えずに、構築されたそこに身を預けるように時間を過ごしていただければいい。

それに対して胡桃堂喫茶店は、どちらかというとお客さん側に主導権のある店。ぼくらはぼくらなりの思いで空間をデザインし、メニューなども作っていますが、いろいろなところに空白がある。そこをお客さんとともに作るイメージです。

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表情豊かなガラス窓と複数の照明を使い分けて柔らかな居心地をつくりだしている

お客さんの中にはおそらく、向こうの店のほうが落ち着くという人もいれば、こちらがいいという人もいると思います。単純化はできないですが、ある程度自分なりの軸を持っていて、なにかに身を預けるというよりは自分なりの世界とうまく調和するものを探している、まさに横石さんのようなタイプは、こちらの店のほうが噛み合わせがいいんじゃないでしょうか。

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次々と花を咲かせるスタッフたち。今度は客も巻き込んで

横石 たしかにぼくにとってはすごく居心地がいいんですが、いまおっしゃった空白というのは、例えばどういうことですか?

影山さん わかりやすい例で言うと、例えばこの本棚。ぼくらは「胡桃堂書店」という看板を掲げ、本屋としてもやっているのですが、こうした本棚をつくる時も、一般的な書店であれば、書店員がコンセプト、地域性などに合わせて選書をするのが普通でしょう。

ぼくらも一定程度はやっていますが、やりすぎないようにしています。「もちよりブックス」と呼んでいるのですが、ぼくらが選書したものとは別に、お客さんに持ち寄っていただいた本を本棚に置いています。決していらない本ということではなく、「思い入れはあるけれど、自分は読み終えたから次の人に読んでもらいたい」という本を持ってきてもらい、スリップにもメッセージを書いてもらう。それを見て「いいな」と思った人が次の読み手になる。

これまでに本を持ち寄ってくれた人が約90人、集まった本は1300冊くらい。そのうち900冊は旅立っていきました。最初につくった棚だけでは収まらなくなって、少しずつエリアを拡張しています。

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ギュウギュウに詰まった「もちよりブックス」

横石 町じゅうの本棚のエッセンスがこの一角に凝縮されていっているわけですね。

影山さん そうなんです。慣れてくると、スリップのイニシャルを見ただけで「ああ、あの人の出した本かな」と想像できるようになります。そうすると、普通であれば絶対に手に取らない本でも「あの人が勧めているなら読んでみようか」ということが起こる。本を通じて人が出会っているとも言えますね。

横石 レーベルも持たれているじゃないですか。ぼくも『ゆっくり、いそげ』『続・ゆっくり、いそげ』の2冊は昨年ここで買いました。内容もいいんですが、本の作りとしてもユニークですよね。

影山さん 「デモテープのような本」と言っているのですが、『続・ゆっくり、いそげ』は7章構成でありながら5章までしか書いていません。読んでくれた人の率直な感想をお聞きし、それを踏まえてその先を一緒に作っていきたかったからです。下段にスペースを残していたり、180度開ける背開き製本にしたりしたのも、考えたことを存分に書き込んでもらうためです。

完成されたパッケージの本を出して「読んでください」とやると、相手を受け身の立ち位置に立たせることになってしまう。そうではなく「ここまではぼくが考えたけれど、この先は一緒に考えてもらえませんか?」というのをやってみたかったのです。

ありがたいことに結構な数の感想をいただいています。そうすると、次に出来上がるものの「書き手」はぼく一人ではなくなる。現在進行形ではありますが、これも非常に胡桃堂喫茶店っぽい取り組みと言えると思います。

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「続・ゆっくり、いそげ」は横石もお気に入りの一冊

横石 そうやって余白を大切にしているのはなぜですか? 売上や効率を考えたら埋め尽くしてしまってもいいはずなのに。

影山さん そうですね。前の仕事は経営コンサルティングとか投資ファンドだったんですが、その領域ではそれなりの経験も積んで、自信を持っていました。大げさに言えば全能感さえあった。でも、そこからカフェに来てみたら、途端にできないことだらけ。ぼくにとっては苦手科目のオンパレードだったんです。

横石 ははは。特に苦手なのは?

影山さん コーヒーを淹れることかな(苦笑)。ほかにも料理とか絵を描くとかBGMを作るとか植物をいけるとか、あらゆることができない。おそらくうちのスタッフでぼくが一番できないだろうと思います。そんな中でもクルミドコーヒーがどうにか成り立ち、ここまで続けてこられたのは、自分のできないことを持ち寄ってくれたスタッフのおかげ。出会えたメンバーに救われているんです。

ただ、そうしたメンバーの一人一人も最初から自信満々だったわけではありません。どちらかと言えば人生に迷っている人のほうが多かったかもしれない。「仕事に行き詰っていて」とか、「パートナーと離婚して」とか。顔つきもパッとしなかった。それが、やっていくうちに、眠っていた才能がそれぞれの領域で形になっていったんです。

本にも書きましたが、採用基準は「そこにいる人」です。このお店のお客さんであるとか、ぼくらの日常のまわりになんとなくいた人と、お互いのタイミングが合った時に声を掛け合って、そこからエプロンをつけるようになるみたいなパターンが結構多い。恣意的に「こういう人材を求めています」という採用は本当にやっていません。

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影山さんとの初めての出会いは、横石が主宰する働き方のイベントで

横石 そうすると、どういったことになるのでしょうか。一般的な組織の人材マッチングとは明らかに異なりますから、気になります。

影山さん そうですよね。そういう採用の仕方をすると、飲食店をやることに最適化したチームには決してならないのですが、その分いろいろなことが起こります。出版もそうだし、2年前からはお米づくりも始まりました。カフェがお米づくりをするなんて、チームの中ではやや異端児のメンバーがいたからこそ起こったことです。

ぼくからすると、その様子を間近で見てきたのがクルミドコーヒーの歩みと言えます。それが楽しくなってきていたんです。だから、この胡桃堂喫茶店ではチームの仲間だけではなく、日々来てくれるお客さんとの間でも同じようなことができたらいいなと思っていて。それが余白に対する考え方にもつながっている気がしますね。

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人は育てなくても育つ。ただ、待てばいい

横石 スタッフの教育の部分はぜひ伺いたいです。ビジネスをする上では「人がなによりの資産」とよく言われますが、どうやって人を育てればいいのかわからずに困っている人は多いです。

影山さん まず入口の整理をすると、ぼく自身は「育てる」という言葉は使いません。他動詞の「育てる」には他者をコントロールするニュアンスが伴うので。ぼくが使うのは他動詞ではなく自動詞。「育てる」ではなく「育つ」と言う。人は育てるものではなく育つものだと思っています。

ですから、例えばチームのメンバーに対しても「いつまでに新規事業のアイデアをこれだけ出せ」とか「この領域でこれくらいの売り上げを作れ」などと、こちらからなにかを指示して育てたり引っ張りあげたりということは一切しません。

本の中では植物をモチーフに説明しましたが、誰の胸の内にも必ず”種”が眠っているとぼくは思っています。ですから、ぼくがやっていることをひとことで言うなら、その種が芽を出すのを待つこと。ぼく自身は土のイメージでいるんです。土として種を受け止めている。

種がいつ芽を出すのかは誰にも決められません。本人にだってわからない。適当な条件が整った時に出る。だから待つ以外にないのではないかと。そうしていると、タイミングはスタッフごとにバラバラではあるんですが、「今度はこんなことがやってみたい」ということが必ずポロポロと出てくるんですよね。

横石 この自粛期間中に子供と家の花壇に種を蒔いたんですが、植物を育てるのってすごく難しいですよね。待てども待てども、なかなか芽が出なくて(苦笑)。なぜそんなに待てるんですか?

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あちこちに胡桃がある。店内を探しまわるだけでも楽しい

影山さん 待つという点でうちのチームが良かったのは、飲食店を経営するという柱がまずあったことだと思います。仮に個性的な芽を出すことがなかったとしても、毎朝店に来てやる仕事、役割はある。だからあまりそこで悩まないんですよ。もしも「あなたらしい仕事だけを100%やってください」と言われたら、誰しも結構つらいものがあるだろうと思います。

核としての日々の仕事はある。そういう毎日のリズムの中でなにかの拍子にちょっとはみ出たくなったら、はみ出せばいいという話。そう考えれば5年、10年の単位でだって待つことはできます。植物というのは、一度芽が出た後は水が少なかったり日射が多かったりすると枯れてしまうけれど、種の状態であればいくらでも待てる。何千年前の種がある日突然芽を出すみたいなこともあるわけですからね。

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ひとつひとつの道具がリズムよく配されている

横石 とはいえ、芽を出しやすい条件というのはあるわけですよね?

影山さん はい、それは人間社会に置き換えるなら「安心感」だと思っています。「こんなことを思った」「こんなことに興味がある」と言いやすい、行動しやすいというのは重要でしょう。なにか言った途端に「なんのために?」「どうやって?」「どんなリスクがあるの?」などと詰問されるのでは、シュンとしてしまいますから。「面白いね」「もっとこうしたら面白いかも」とノリよくチームに受け止めてもらえる、そういう組織文化のようなものは確かにあるかもしれないです。

これはお客さんに対しても同じだと思っていて。いまは取材だからこうして喋っていますが、接客している時のぼくは喋らなくなります。聞く側に回るというか、なんにせよあれこれ評価をしない。そういう意味ではやはり土です。なんにもしない。でも、その土がないと種は芽を出さないんだから、土って面白いですよね。

機能性で人を見ない。ありのままの「存在」を受け止める場所

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お客さんたちが自由気ままに綴っていく方眼ノート

横石 ぼく自身、前回来て思いました。ここには人を元気にさせる力があるなって。

影山さん いまの世の中、自分に自信を持てない人、自己肯定感の低い人が多い印象があります。特に仕事をしていると、常に自分が試されている感覚になる。「お前はどれだけの仕事ができるんだ」「どれだけ稼げるんだ」と問われている気がして、常に自分を大きく見せないといけない。自分には価値があると証明しないといけないプレッシャーに晒され続けていると思うんです。これは仕事に限った話ではなくて、例えば合コンでだって、自分がいかにかっこいいかをアピールしなければならないし、SNSで友人の投稿にたくさん「いいね!」が付いているのを見て、「方や自分は……」という気持ちにもさせられる。

それはひとことで言えば、社会が人の「機能性」に着目しているということです。でも、人間には機能性とは別に「存在」という要素があるとぼくは思っていて。だから、常に試され続け、自分を大きく見せないといけないことに疲れている人たちが、ふらっとこの店に立ち寄ってくれた時には、その人の機能性ではなく存在を受け止めてあげたい。「あなたが稼げる人かどうかは知らない。かっこいいかどうかもよくわからない。ただ、あなたはあなたでいいと思うよ」と。それを有形無形、接客なりメニューなりで伝えてあげられるといいなと思っています。

そうすると、そういう人たちがちょっと自分をさらけ出せるというか、素の自分のままでいられると思うから。そして「自分は自分のままでいい」と思えると、なかなかハードルの高い挑戦だったとしても、ちょっと頑張ってみようかという気にもなれる。そういう「帰る場所」が、いまの社会には必要なのではないかという気がします。

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目の前は大学通り。小学生から大学生までたくさんの学生がこの前を通る

横石 空間のデザインとしてもそうした安心感を生むために工夫をしていますか?

影山さん 空間的に言えば、パーソナルスペースが大きすぎないことは大事だろうと思います。スポッとどこかに収まれると、人間は安心感を覚えるところがある気がするので。その意味では、席間を広めにとったこの店はセオリーに反していると言えるのかもしれないです。

でも、安心感というのは最終的には人がもたらすものだと思っています。その点でぼくらのチームによそと違うところがあるとすれば、身内を褒めるようで恐縮ですが、それは挨拶がとても良くできることではないかと。

「挨拶をしよう」とはみんなよく言うけれど、ぼくが強調して言っているのは「挨拶をされたらちゃんとそれに答えよう」ということです。コールをすることよりレスポンスをちゃんとすること。レスポンスがあるからこそ次のコールが起こる。レスポンスがちゃんと返ってくる、受け止めてもらえているという感覚があれば、お客さんの側もいろいろなことを言いやすいはず。日々の挨拶の習慣に始まるこうした部分が、文化としてこの店に根ざしているものの一つかなと思います。

横石 今日伺ったお話には、これまでのビジネスの”常識”からはかけ離れているものも多かったと思うんですが、影山さんはカフェを始める以前からこうした考えでお仕事をされていたんですか?

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入口付近の床。4種類の異素材が組み合わさっている

影山さん いえ、そういうわけでは必ずしもありません。先ほど「採用基準はそこにいること」と言いましたが、これまでの職場はそれとは真逆。「こういうスペックの人材を求めている。そのためには、これだけの給料を払う」というように、人を見定めて採用していました。それは今日の話で言えば、人間の機能性を評価しているということですよね。

機能性で人を採用してしまうと、相手もその前提があるから、自分はパンを焼くため、コーヒーを焙煎するためにここにいるというようにフィールドを狭く定義してしまう。ですが、人間の才能って本来そういうところだけじゃないですよね。意外とそういう人に文章を書かせたらすごくいいとか、いい絵を描く、植物に詳しいといったことがある。ここではそのすべてを表現してもらえたらいいなと思ったから、わかりやすいパフォーマンス指標だけで人を見ないことにしたんです。

横石 なるほど。

影山さん さらに言えば、ぼくはもともとやっていた仕事の経験から、資本主義社会とかビジネスの世界で当然と思われているやり方を突き詰めて行くと、どうもあんまり人が幸せにならないっぽいなと感じてはいました。だからそうではない、かつての自分であればやらなかったほうをやっている感覚はあります。今のやり方が正解かどうかはわかりません。でも、少なくともあっち(かつてのやり方)ではないという確信はある。それがいまの自分を支えてくれている気がしますね。

影山知明さんインタビュー
影山さんと聞き手の横石。何度訪れても元気になれる不思議な場所だ

(施設情報)
店名:胡桃堂喫茶店
住所:東京都国分寺市本町2丁目17−3
アクセス:JR国分寺駅から徒歩5分
営業時間:11:00~19:00(L.O.18:30)/木曜定休
http://kurumido2017.jp/

* * *

探訪後記 (横石崇・記)

「植物が育つようにして、喫茶店がある」

そんな不思議な話を聞いて、今回取材に伺った。

自分が好きなように過ごせる居心地のよい空間であることは言うまでもない。しかし、何よりもここにいるだけで、人やまちの生命力を感じ取ることができたり、自分が世界を肯定できるような気持ちになるのは胡桃堂喫茶店ならではの体験だ。

そんな空間をつくるためのヒントについて、「植物を”育てる”ように場をつくるのではなく、植物が”育つ”ように場をつくること」にあると影山さんは教えてくれた。ついつい「どうやって”育てる”か」といった意識になりがちだが、”育てる”と”育つ”ではニュアンスが全く異なってくる。つまり、意図をもって「待つ」ということは、時間を軸にして発酵するような場づくりを発想する必要があるということなのだろう。

そんなことを考えていると、影山さんが手がけるお店のあるまちが羨ましくもあり、自分自身でも「そんな場をつくってみたい」と心の”芽”がむくむくと出てきてしまった。なるほど、”育つ”とはこういうことなのかもしれない。

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