台湾のくらし
-境界線を持たない街の在り方-
台湾の街を歩いていると、私たちが当たり前のように思い描く「境界」が、驚くほど曖昧になっていることに気づきます。建物と自然の境界、店舗と通りの境界、公と私の境界──それらが明確な線引きではなく、緩やかなグラデーションとして存在しているのです。豊かな都市文化をはぐくむ台湾ならではな空間の在り方から見えてくる、台湾のくらしの様子をお届けします。
豊かな都市文化のキーワードは「曖昧さ」
台湾の街を歩いていると、私たちが当たり前のように思い描く「境界」が、驚くほど曖昧になっていることに気づきます。建物と自然の境界、店舗と通りの境界、公と私の境界──それらが明確な線引きではなく、緩やかなグラデーションとして存在しているのです。この特徴的な空間のあり方は、台湾ならではの豊かな都市文化を育んでいます。
溢れ出す店舗の活気
台湾の商店街を歩くと、店舗の営みが道路空間へと溢れ出している光景に出会います。修理工場では路上で作業が行われ、飲食店では道にテーブルを出して客を迎えています。朝市では通りいっぱいに商品が並べられ、活気に満ちた売り買いが繰り広げられます。
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こうした光景は、店舗と通りの境界が曖昧になっていることを教えてくれますが、これが無秩序な占有ではなく、一種の文化として定着しているのがユニークな点。通りに溢れ出した店舗の活動は、むしろ街に活気をもたらし、人々の自然な交流を促しています。雨よけのアーケードの下では、朝食を楽しむ人々が集う。その空間は、単なる通路ではなく、「コミュニティの場」として機能しているのです。
自然と建物の境界を超えて
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台湾の街並みで目を引くのは、建物と自然が互いの領域を侵食し合いながら共存している風景。ガジュマルの木は建物の壁面をつたい、時には建物と一体化するほどに成長しています。日本であれば「建物の管理」という観点から除去されるような状況でも、台湾ではそれを自然な営みとして受け入れているようです。
この「逆らわない」姿勢は、単に放置しているわけではありません。自然と人工物の境界線を厳密に引かないことで、かえって両者の調和がとれた景観が生まれています。むしろ、そうした自由な生長を許容することで、台湾らしい独特の街並みが形成されています。
歴史と日常が溶け合う風景
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台湾の都市空間には、さまざまな時代の建築が境界を超えて共存しています。特に台南では、オランダ統治時代、清朝時代、日本統治時代、そして現代の建築が、それぞれの特徴を保ちながら街の風景を形づくっています。さまざまな歴史が重なり、つながり、街を形成することで、異なる時代や文化の境界が溶け合った独特の景観を生み出しているのです。
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特に印象的なのは、日本統治時代の建築物です。100年以上前に建てられた駅舎や公共施設は、当時の建築技術の高さを現代に伝えています。これらの建物は、単に保存されているだけでなく、現代の用途に合わせてリノベーションも実施されました。そうすることで、今新たな命が吹き込まれています。
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かつての工場や倉庫は、ショッピングセンターやギャラリー、カフェとして生まれ変わっています。古い建具や壁面の風合いは残しながら、現代的な機能を付加することで、過去と現在が溶け合う独特の空間を創出しています。なかには、日本統治時代の建物がスラム化した時期を経て、現代的な観光スポットとして再生されている例もあります。
また、古いデパートでは100年前のエレベーターが現役で稼働していたり、レトロな内装が当時の面影を残していたりと、時間の重なりを体験できる場所として知られています。これらの建物は、歴史的価値と現代の機能性の境界を曖昧にすることで、新たな文化的価値を生み出しているのでしょう。
境界の曖昧さが育む新しい都市文化
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一見すると、境界線が曖昧な台湾の街づくりは、無秩序に見えるかもしれません。しかし、それは、厳密な境界線の設定による管理や効率化を追求する現代都市に対して、別の可能性を示したり、示唆を与えてくれているとも捉えられます。
境界の曖昧さは、自然と人工、公と私、歴史と日常といった異なる要素の共存を可能にし、そこから新たな文化的価値が生まれています。それは、現代の都市計画や空間設計に対する重要な視点のようにも思えるのです。
台湾という地域のまちづくりの例は、境界線を引かないことで生まれる豊かさがあることを私たちに教えてくれます。そして、効率や管理を重視する現代社会への、問いかけともなっているのです。なにより、この曖昧さこそが、台湾の街の魅力と活力の源泉となっているのかもしれません。