伊勢春日さんインタビュー
暮らしを楽しむコツは“自分の味方でいること”
VOILLDのファウンダー・ディレクター。
2014年にVOILLDを設立。ギャラリーにて様々なメディウムとバックグラウンドを持った作家陣と共に、独自の視点で数多くの企画展やプロジェクトを展開する。総勢50組に及ぶアーティスト・クリエイターなどが出店するアートイベント「TOKYO ART BAZAAR」の主催をはじめ、アーティストマネジメント、広告制作、出版、プロダクト開発、企業とのコラボレーション等、多岐に渡るプロジェクトを行っている。加賀美健とのPodcast「アートでもないこうでもない」が毎週水曜に好評配信中。
2020年に開業した「KAIKA東京」は、ホテルの地下にあるアートストレージを宿泊者限定で開架するというユニークな取り組みをしています。そして、ホテルの開業当初からストレージに作品を保管・展示しているのが、ギャラリー『VOILLD』を主宰する伊勢春日さんです。今回は、暮らしとアートをより良く繋げるヒントや、これからのアートシーンの理想のかたちについて話を聞きました。
何気ないまちの風景が、心を動かしてくれる

――KAIKA東京のアートストレージに入居したきっかけを教えてください。
ホテルの開業時に、プロジェクトに関わる方が声をかけてくれたんです。自分にはホテルの中にストレージを持つという発想がなかったし、一般的に倉庫の中身は隠すものなのに、ギャラリーとして使うのがおもしろいと思いました。ホテル自体も素敵なので、KAIKA東京にストレージがあるということで興味を持ってくださる作家さんも多いです。実際にアーティストの安田昂弘さんや加賀美健さんなどは一緒にストレージを見にきて、作品をインストールしたこともあります。

――伊勢さんから見て、KAIKA東京のある浅草エリアはどう映っていますか?
浅草は、東京の揺るがない観光地ですよね。いつも観光客がいて、隅田川が滔々と流れている。ずっと変わらない浅草の風景が好きです。

私は「いかにもアート」ではない物事からアートを感じることが多いです。たとえば、美術館に行けばテーマに沿った作品が展示してあるし、ギャラリーなら白い壁にアートが掛けられている。この形式自体は変わらないです。もちろん作品を見て衝撃を受けることはあるけれど、自分の想像をはるかに超えてくる体験はそんなにないと思うんですね。でも、まちにはとんでもないものが落ちていたり、思いもよらないハプニングが起きたりする。そうやって浅草を見ると、お土産の刀を売る店の隣に老舗の鰻屋があったり、車と自転車と人力車が同時に行き交って、地元の方と観光客が混ざり合っている。この雑多さが浅草のおもしろさだし、ひとつの表現のようにも感じられます。
――少し意外です。伊勢さんは普段から多くのアートを見ているので、そこからインスピレーションを得ているのかなと想像していました。
部屋の中にずっといても、何も起きないですから。外に出て歩いてみることで、社会にはおもしろいものがたくさんあるとわかる。まちで無作為に起きていることに目を向けて、「工事現場の車はかっこいいな」とか「隅田川は今日もちょっと澱んでいるな」とか、そうやって周りを見渡すことを楽しむんです。
伊勢春日流アートとの出会い方、飾り方

――伊勢さんは「暮らしの中に、もっと気軽にアートを取り入れてほしい」と発信されています。そう考えるようになったきっかけを教えてください。
子どもの頃から絵を見たり、描いたりすることが好きでした。でも、大人になってアート作品を買おうとしても、どこに行けばいいのかわからなかった。生活の中にギャラリーへ行く文化がないし、私が20歳の頃は気軽にオンラインで作品を買えなかった。だから、自分がVOILLDを始めるにあたって「ギャラリーに入る緊張感を保ちながら、若い人も気軽にアートを見て、購入できるようにしたい」と思ったんです。自分が行きたいと思うギャラリーを作ったらVOILLDになりました。

右:西雄大「BLUR」2025年|©2025 Yudai Nishi/VOILLD VIEW Inc. All Rights Reserved
――暮らしの中にアートを取り入れようとするとき、どんなふうにアートと出会ったらいいですか?
気軽にいろんなギャラリーを訪ねてほしいです。自分が好きになりそうな作家さんを絞れるといいですね。たとえば、食事中に器に目が留まって「うつわっていいな」と思ったら、陶芸を扱うギャラリーに行ってみる。Instagramを見るのが好きなら、写真作品を多く扱うギャラリーに行ってみる。ギャラリーに相談すれば、おすすめの作家や手頃な価格の作品を提案してくれると思います。
――「ギャラリーに行って話を聞く」という一歩を踏み出せない人も多そうです。
まずは行って、話を聞いてみないと始まらないので、ぜひ一歩を踏み出して! 散歩の話と同じで部屋にこもっていても何も起きないし、会話をしてみないと得られない気づきがあります。どうしても一歩が踏み出せないときは、オンラインで作品を見てみるのはどうでしょう。ポスターなど、手に取りやすい作品から始めてみるといいと思います。
――アートを購入したあとの、飾り方のアドバイスをお願いします。
自分は家の中でよく過ごす場所、よく視線が向かう場所から逆算してアートを飾るようにしています。たとえば、毎朝コーヒーを飲む椅子に座ったときに自然と視線がいく場所にお気に入りの作品を飾るんです。なんとなく場所も気にせず飾ってしまうと、意外と見る機会が少なくて、アートの存在感が薄れてしまいます。もう少しコンセプチュアルに楽しむなら、食べ物にまつわる作品をキッチンに飾ってみたり、白っぽい空間のアクセントにカラー作品を取り入れたり、アレンジしてもいい。テーマを決めて飾るとおもしろいし、模様替えもしやすいです。

心地よい暮らしは、「自分の味方でいること」から
――伊勢さんご自身は、暮らしを楽しくするために心がけていることはありますか?
ツラいことをしない! とても難しいのですが、極力ツラいと感じることはしないように心がけています。特に、忙しいと頑張ってやり続けようとしてしまうけれど、その無理をやめるように心がけています。今は頑張ればできるかもしれないけれど、20年後に無理をしたひずみが出てきそうな気がするんです。
――たしかに、人は頑張り続けてしまう習性がありますね。
自分を構成しているのは自分の気持ちだし、自分を甘えさせられるのは自分しかいない。だから、自分の味方でいてあげたい。できないことがあると落ち込んでしまうけれど、「できなくて当然。人間なんて何もできない」ぐらいの気持ちでいるほうがいいです。年齢を重ねるたびに、ツラいことを頑張るよりも楽しいことを頑張ろうと思うようになってきて。そうやって仕事を続けていたら、いろんなことをやらせていただけるようなってきました。
――楽しそうに仕事をする伊勢さんの姿勢に共感する人は多いと思います。
私自身というより、アート業界で珍しい動きをしているから目立つのかもしれません。いわゆる広告の仕事や、原宿のラフォーレミュージアムで開催している『TOKYO ART BAZAAR』、Podcast配信など、アートにまつわる様々な仕事をしているので、「面白そう」と興味を持ってくれるのだと思います。

「賢い答え」はないけれど

――KAIKA東京はインバウンドのお客様も多いです。伊勢さんは、海外と日本でアートの見方や捉え方の違いは感じますか?
大きく違うと思います。まずは、自宅にアートを飾るか飾らないか、買おうとするかどうかですが、どちらも海外の方のほうが生活の中にアートを積極的に取り入れているように感じます。たとえば日本の賃貸住宅は、壁の穴あけなどが難しい場合が多いです。でも、日本以外では自由な場合が多いように思います。「壁に何かを飾る」という習慣が根付いているかどうかで、アートとの距離感に差が出そうですよね。
――VOILLDを始めて12年経ちました。この12年のあいだに、アートを取り巻く環境やお客さんの反応に変化はありましたか?
急速にインターネットが普及して、お客さんへの情報の届き方が大きく変わりました。少しずつですが、「VOILLDで初めてアート作品を買った」という若い方が増えている実感があります。

たとえば、日本の子どもに「日本人のアーティストといえば?」と聞いても「草間彌生」と答える子はあまりいない気がします。でも、フランスの子どもだったら「ピカソ」と答える光景が浮かぶ。日本でも子どもの頃から美術に触れる機会が増えるといいなと思うんです。歴史の授業のなかで美術史を学ぶ時間があるだけでも変わってくると思います。
――たしかに、アートと聞くと「なんか難しそう」と思うけれど、小さい頃から親しんでいれば自然な存在になるかもしれません。
アートって、大人でも本質的に理解するのが難しいと思うし、それは世界的に見ても同じはずです。ただ、日本はまだまだアーティストの地位が低く見られがちです。アーティストの価値を本当に理解するには少しずつ学ぶしかなくて、大人になっていきなり相撲を始めようとしても難しいのと同じで、アートに関しても勉強の積み重ねが必要です。だからこそ、子どもの頃から自然にアートに触れられたら自然と理解が深くなると思うんです。
今はウェブでなんでも調べられるから、少しでも気になるアーティストがいたら出身地や経歴を調べて、展示会があれば行ったりするといいと思います。そうやって興味が広がって理解が深まり、そのアーティストが特別な存在になっていく。やっぱり、部屋にこもっていても何も起きないから、一歩を踏み出してみることが大切ですね!

伊勢春日さんのお気に入りアートスポット
日常に潜む“アート体験”を楽しむ
KAIKA東京に泊まったら、浅草寺の周辺を楽しんでほしいです。雷門をくぐって仲見世を抜けて浅草寺へ向かうまでに、五感をくすぐる体験ができる。自分の想像を超えてくる浅草の風景は、美術館で展示を見るのとは違うアート体験になると思います。
MoMAデザインストアでアーティストのグッズを買ってみる
原宿のMoMAデザインストアは、アーティストの作品に気軽に触れられるスポットです。MoMAロゴのTシャツから草間彌生のタオルまで多彩なアイテムが並んでいて、ギャラリーへ足を運ぶ一歩手前のアート体験が楽しめる場所です。
美術館と博物館が集結しているまちで1日を過ごす
上野は、美術館や博物館、東京藝術大学などが集まる、東京でも有数のアートエリアです。国立西洋美術館、東京国立博物館、国立科学博物館など、ジャンルの異なる展示が楽しめるので、1日かけて美術館・博物館巡りを楽しんでほしいです。