風・ひと・酒-真鶴【後編】訪れたら最後、居ついてしまう「くせになる」街
1984年生まれ、神奈川県出身。 美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて美容事業の企画営業を経験後、独立。「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。8年住んだ逗子から、三浦半島最南端の三崎に引っ越しました。アタシ社の蔵書室「本と屯」を三崎の商店街で12月にオープンさせた。
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背戸道をたどって、街に迷いこむ
真鶴出版を出て、次のスポットへ。街を駅から港の方角に向かってゆっくりと歩いていきます。
真鶴の街は、段々畑のように斜面につくられた小さな土地が連なり、その土地同士を背戸道がつなぎます。民家のすぐ真裏をゆきかう細い路地や狭い階段を上ったり下りたりしていると、街に迷い込んだような感覚に。スマートフォンでマップをひらいても平たんな土地にしか見えないため、実際に歩いてこそその面白さがわかる土地、ともいえるかも。
足元の道のそこかしこには、住民が自分たちの手で道をつくり住処をつくってきた証が見つかります。高台から遠く街並みを眺めれば斜面に張り付くように連なる家々。この街の人々のたくましさと生活の知恵が、風景のなかには溶け込んでいます。
「この地の食べ物は、血が通っている感じがする」
背戸道から広めの通りに出るとそこで偶然にも、近くのお肉屋さんと立ち話をしている画家の山田将志さんとばったり。そのままご自宅にお邪魔してお話を聞くことに。
真鶴の風景や食べ物を描く山田さんは、港を窓から眺められる場所で、猫2匹と暮らしています。移住したのは1年ほど前。横浜に住んでいた当時、ひとりでふらっと訪れたのが最初。
山田さん:「初めてきたときに、ホームを降りた途端、ふわ~っとなって」
街の雰囲気に思わずテンションが上がった山田さんは、その足で本日の最終目的地である酒屋、草柳商店にたどり着き、そこで地元の人たちと意気投合。知り合いがいたわけでもなく、そのまま移住を決めたのだと話します。
川口さんとは真鶴に越してから、駅近くに位置する居酒屋、冨士食堂で共通の知人を介して知り合ったそう。移住した理由をきくと、「人ですね。人が大きい」と山田さん。
山田さん:「もう5年くらい(真鶴に)いる感じがしますね。1年が濃すぎて。人も濃いし、急激にいろんな人と知り合いになったし。(日々)なにかしらあります。ここ(真鶴)の人は、ふつうに話しかけてくる。歩いている人でも、初めての人でも」
そういえば、川口さんと歩いているときも、挨拶をしてくる人たちの多いこと。といっても、たくさんの人とすれ違うわけじゃない。「圧倒的に打率がいい」というような、みんな親戚のような親密さ。わざわざ車を止めて「こんにちは~!」と声をかけてくる方までいました。
山田さん:「こないだも、こんないっぱいゴーヤ持っているおばあちゃんがいて。目が合ったんで『ゴーヤすごいですね』って声をかけたら、『持っていくか』って言われて。『何本ほしい?』って聞くから『じゃあ2本』って言ったら『もっと持っていけ』って、結局抱えられないくらいいっぱい持たせてくれて。食べられなかったので、それをご近所におすそわけして……。うれしかったので、後日お礼をしに行ったら、今度は庭になっているキュウリをもらっちゃって。……そういうのがよくあるんですよね。車とかですれ違ったときに手を振ってくれたり」
川口:「でも、ゴーヤすごいですねと声をかけなかったり、お礼を言わなかったりしたら、なにも発生しないですよね」
山田さん:「いや、だって、とてもスルーできる量じゃないんですよ(笑)」
山田さん:「もともと食べ物を描くのは好きなんですが、真鶴の食べ物は描きたくなりますね。やっぱり作っている人を知っていたり、作っている人の気持ちを知っていたりしますから。血が通っているというか。お皿とかもいいし。ぜんぶ描きたくなります」
川口:「移住してくる方は、うち(真鶴出版)とかケニーを経由してくる人が多いんですが、山田さんはひとりで真鶴に来て、地元の酒屋さんを見つけて、そこが気に入ってそのまま移住された。
地元とあまり関わらずに、絵を描こうと思ったら描けるとは思うんですけれど、山田さんは、人間のど真ん中に入っていくというか。そこが魅力的だなと思います。ケニーもそうですけど、他の地方では移住者の若い人だけで集まっているところがけっこうあるんですが、そのなかで真鶴は、若い人も地元のおっちゃんも入り混じっていて。そこが真鶴の好きなところで、山田さんもそういう感じの人なんです」
“知っている”というのは、街の人とつながっているということが前提。山田さんのように、はじめて来ても住まう人と自然につながってしまうような土地の力が、この街にはあるのかもしれません。
いつでも帰れる、真鶴の居間≪草柳商店≫
この日の最後の訪問先として川口さんが連れていってくれたのは、草柳商店。港まで徒歩数十秒に位置する、いわば真鶴の名物酒屋です。角打ち(立ち飲み)を行っているこの店には、夕刻になると街の人たちが集まり始めます。店に立つのは、店主のしげさんと、そのお母さまである、あーちゃん。突然の訪問者である取材チームもあたたかく迎えられ、そのまま酒宴の輪に加わらせていただきました。
「おかえり~」と声が飛んで振り返ると、しげさんの娘さんの采音(ことね)さんが、ちょうど仕事から帰宅したところ。誰かが店に来るたびに、「おかえり」「おつかれさま」と声がかかる様子は、いかにも地元みんなの居間、といった雰囲気。
そのうち、しげさんがおもむろにギターを取り出して、歌いだしました。お客さんが、手を振ってそれにこたえます。しげさんは、最近地元の人とタッグを組み、YouTuberとしてデビュー(気になる方は、「しげさんとなかまたち」で検索)。今年から社会人になって仕事でなかなかお父さんの活動を観に行けなくなったという采音さんは、その映像を見てお父さんの最新情報をチェックしているそう。
「真鶴、大好きなんですよ!」屈託ない笑顔で、お酒の話や街の話を、楽しくて仕方がない、という具合に語る采音さん。真鶴の役に立ちたい、という彼女には、この店の家族と、この街に脈々と受け継がれるDNAを確かに感じさせました。
最後にこっそりと年齢を教えてくれた、チャーミングなあーちゃん。一度来た人は忘れないという彼女が、実はこの店で誰よりも力強く、たくましいのかもしれない。老いも若きも、地元に長く住む者も移住者も観光客も、ここでは一緒。みんな合わさって、ひとつのカルチャーがこの地では今日も生まれています。
特別なようで特別じゃない。一目惚れさせる、この街の引力
真鶴という街がもつ引力を、どう語ればいいだろう。「人」が鍵であるのは間違いないけれど、それだけなら、他の街にもある。はたして、「真鶴っぽさ」って、なんなんだろう?
川口:「近所の肉屋のおじちゃんが、お店ひらきながら昼寝しているんですよ。ちょっとアジアっぽいというか。仕事しているのに、仕事してるのかわかんないというか。……そういうところは、真鶴っぽいなあと」
山田さんは、こうも語っていました。
「この街にきて、周りと比べなくなりました。これでいいんだ、っていうような」
万人受けではないかもしれない。けれど、一度来たらぐいっと引きつけて離さなくなるような、リピーターを生む独特の「ゆるさ」を持つ街。自分の速度を、思い出させてくれる街。噛めば噛むほど味が出る、そんな“ひもの”のような「くせになる」味わいが、真鶴には静かながら確かに、漂っています。
―近い将来、湘南で暮らしたい ―
滞在だけでは知りえなかった湘南の魅力をお届け。BUKATSUDOの人気講座「近い将来、湘南で暮らしたい学」でモデレーターをつとめるミネシンゴさんによる連載コラムです。