風、ひと、酒-鎌倉編-温故知新のフラットな風土が作る新陳代謝を許容する街
1984年生まれ、神奈川県出身。 美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて美容事業の企画営業を経験後、独立。「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。8年住んだ逗子から、三浦半島最南端の三崎に引っ越しました。アタシ社の蔵書室「本と屯」を三崎の商店街で12月にオープンさせた。
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今回鎌倉の街を案内してくれるのは「朝食屋 COBAKABA」店主内堀敬介さんこと、うっぽんさん。
もともと内堀さんのお父さんが「小林カバン店」という屋号で革鞄のお店を営んでいたところを閉店。2006年に内堀さんが業態を変え屋号をアレンジして受け継ぎ、同じ場所に店を構えました。
鎌倉八幡宮に通じる道に面した店舗兼住居という鎌倉の中でも特殊な立地で暮らしてきたうっぽんさんにとって、このエリアは生活するうえで持て余す場所がないのだそう。
うっぽん:「すぐ隣のパタゴニアで服を買って、ちょっと先の市場で食べ物買うでしょ。反対隣のスルガ銀行でお金をおろして、郵便局も保育園もすぐ。使わないお店や施設というのがなくて、半径1キロ以内で生活が完結しちゃうんです。
このエリアに限らず、鎌倉は老舗やコバカバのように業態を変えてDNAを受け継いでる『ネオ老舗』、新しいお店や個性的な個人店、大規模なグローバル企業までたくさん集まってる。観光も生活も、山も海も文化も、オードブルみたいにつまみ食いできる選択肢が溢れてるから編集してバランスをとる楽しさがあるんじゃないかな」
共通の目的を持った人同士でのフラットなヒューマンな関係
そう話すうっぽんさんにまず連れて行ってもらったのは、コバカバのすぐ横にあるパタゴニア鎌倉店。
うっぽん:「毎日夕方はここでパタゴニアのオーガニックビール飲んでます。この辺一帯が長屋みたいになってて、店同士でおすそ分けしたりもできちゃうんです。(お店に入りながら)店長さん、この前はありがとうゴミ持ってってくれて!」
違うお店同士でゴミ当番をしてるってことですか?
うっぽん:「第三水曜日の朝にこの辺りのみんなで街のクリーンアップをやるんだけど、メンバーが面白いんだよね。パタゴニアとノースフェイス、スターバックスとバーブコーヒー、ダンデライオンチョコレートなどが一緒になってやってて」
パタゴニア店長かおりさん:「これまでコミュニケーションがなかった人同士が一緒に活動してるのはいいですよね」
うっぽん:「そうだね、クリーンアップがひと段落したらうちのコバカバでドリンクを出してみんなで話したり。そしたらノースフェイスの人がパタゴニアにお客さんとして顔を出すようになったんだよね。一緒に環境保全活動のために動こうという共通の目的をきっかけに、同業他店の人同士お互いの店に足を運ぶようになって。
最近は商店街の予算がついて、クリーンアップ後のドリンクバーを無料で提供できるようになっていい循環ができてますよ。ノースフェイスとパタゴニアの店員さん同士が一緒に活動してるところを見ると毎回感動する」
かおりさん:「昔から住んでる人と新しい人が交流できるのも嬉しい。コバカバのオープンスペースは風通しが気持ちよくて話が盛り上がるんです」
環境保全という共通の目的を持つこと以外は勤務先、業種、鎌倉に関係してきた経歴もバラバラ。ともすれば「ライバル店」と言われる人間同士がフラットな関係を築いて一緒に活動できるというのは、鎌倉にある「なにか」が関係しているのかもしれない。
うっぽん:「そろそろ次男の保育園のお迎えの時間なので、行きましょうか。今年オープンしたばかりの『まちの保育園』に預けているんですよ」
まちの保育園は「パタゴニア」から徒歩5分ほど。2018年春に鎌倉に拠点を置く面白法人カヤックが鎌倉名物「鳩サブレー」を製造販売する株式会社豊島屋と共同で『鎌倉で働く人、鎌倉で暮らす人たちをもっと増やしたい』というコンセプトで開園した保育園だ。
お子さんを自宅に連れて帰ってからまた街案内再開です。
うっぽん:「普段はほとんど出歩かなくて、行くとしたら近くの銭湯の清水湯くらい。そこに向かう道にいろいろあるので行きましょうか。半径1キロ以内の冒険へ行こう!」
半径1キロ以内の冒険へ
最初に立ち寄ったのは築90年の市場の中にある一風変わったパン屋「パラダイスアレイ」。
うっぽん:「異次元パン屋。夕方に休憩するときはここに来て、とくに何かあるわけじゃないけどずっといますね。パンは見えない菌が発酵してできてるものだからなのかな、見えないものを面白がるような人が集まるイベントも定期的に開催されています。
こういうエッジの効いた超個性店や東京にあるチェーン店も、古くからの場所もたくさんあるけど、共通してるのはオープンマインドでおおらかなことかも。温故知新って言葉がぴったりだよね。新しくできたものに対してあまり拒否もしないし」
市場を抜けて住宅街の道を通り抜けた先に立ち寄ったのが「石川屋酒店」。別名「給水所」。
うっぽん:「清水湯で風呂入ってから給水所に行くパターンがオハコ。なんで給水所って言われてるかというと、自分のカップを持って行って、自分で店頭に置いてあるビールサーバーからお酒入れて、お金を置いて帰るから。『置いとくよー』っていうと奥から『いいよー』って店主の声が聞こえてきます。」
街の人と店のフラットな信頼関係ができていなければこの仕組みは生まれない。少なくとも大都会ではかなり稀な光景だ。
さらにその少し先に足を運ぶと八雲神社が。ここも銭湯とコバカバの往復でよくお参りするのだそう。
うっぽん:「八雲神社もすごく縁のある場所。40代になって俳句にハマり始めたんだけど、あれって言葉のインスタグラムみたいなものだと思う。鎌倉は文士に愛された土地という歴史があるけど、情景を想像させる、何か言葉で表現するスイッチをつけてくれる自然環境がある気がする。
あ、そこに『逆川』ってちっちゃい川があるんだけど、なんで逆川っていうかわかる? 鎌倉時代からこの名前なんだって」
何かちょっとした違いがありそうでないようで…もしかして水流が山に向かってない?
うっぽん:「そう! 普通、川の水は山から海に向かって流れてくんだけど、ここは地形が蛇行してるから山に向かって川が流れてるのね。ここだけなんだって。この近辺はこういう水路の上にある小道がたくさんあって、それもまた俳句で詠みたくなる空気がある。ここから見える夕陽が好きなんだ」
向かい合う老舗銭湯と自分らしく受け継いだ「ネオ老舗」飲食店から考える鎌倉での暮らし方
たどり着いた街の銭湯、清水湯。ここも正面出口の何かが様子が違う。
うっぽん:「清水湯のすごいところは、自民党、共産党…あらゆる政党のポスターが常に何かしら貼られてて、政党に偏っていることがない。いい湯を味わうために集まった街の人がフラットに集う場所。これが銭湯の本来のあるべき姿だよね。天井が高いのも気持ちがいい。材木座や大町は鎌倉時代から下町。ストリート感覚の強い庶民のエリアなんです」
なるほど、フラットでオープンマインドな人同士の関わり方が溢れてる街の気風というのは、何百年も前から鎌倉に下地として備わってたかもしれないですね。
中の様子は残念ながら撮影できませんでしたが、昭和30年から続き街の人々の姿を見守ってきた風格が随所から伝わってくる静かな貫禄がありました。
湯あがりのあとは、真向かいに昨年オープンしたお好み焼き屋「かたつむり」へ。夕陽も赤く染まり、テラスから見える風景が抜群な時間帯です。
うっぽん:「ここはコバカバと同じ老舗のDNAを受け継いだ『ネオ老舗』。8年前、先代が営業していた時代にアルバイトとして働いていた現店主が「もう一度かたつむりのお好み焼きを出したい」と言って。先代のおばあちゃんに伝授してもらって同じ名前でのれん分けをして営業開始したそうです。
しかも開業日が6月4日、コバカバと同じなんです。世代が変わったんだけどDNAだけ引き継いで、スタイルや世代が変わってやってるっていうのも一緒。縁がありますね」
テラスまで流れる90年代Jポップに心を捉えられながら飲むビールが最高、と嬉しそうなうっぽんさんとここで改めて、鎌倉の魅力についてお話していきました。
うっぽん:「鎌倉はカントリーとシティの絶妙な距離感でどちらも満喫できる場所。だから鎌倉に2、3年住んでみて、もう少し自然の多いところに住みたいと地方に移住する人も多いんです。そうして地域に溶け込みながら、オードブルのようにたくさん広がった選択肢を自分流に編集しながら表現して発信していく暮らしがここはぴったり。でも新陳代謝があって流動してるから、何世代にも渡って鎌倉で暮らしている人は意外と少ないかも。鎌倉はメディアとかに取り上げられることも多くブランド力のある街だとは思うけど、心地よさは人それぞれ違うので、転入する方も多いけど、転出する方もたくさんいます。
いろいろ試しながら自分にとって心地よい場所や街を見つけていくのが大切だと思います」
古き良き街なみが残る鎌倉は、人・もの・場所の新陳代謝も同時に行われていました。個々人の暮らしが心地よく共存する、フラットな人間模様が根付くまち。昼間の観光以外でも、ゆっくりじっくり夕方から夜にかけて鎌倉を堪能するのもいいですね。
―近い将来、湘南で暮らしたい ―
滞在だけでは知りえなかった湘南の魅力をお届け。BUKATSUDOの人気講座「近い将来、湘南で暮らしたい学」でモデレーターをつとめるミネシンゴさんによる連載コラムです。