<前編>『doredo OPEN Meeting vol.2』イベントレポート
リモートワーク・副業・多拠点居住など、働き方・暮らし方の多様化が進み、住まいの在り方にも変化が求められています。今後、パーソナライズされた住まいへの要望が増えていくと予測されるなかで、不動産業界・建築業界の現在地はどこにあり、これからの住まいにはどんな希望があるのか? 2回目の『doredo OPEN Meeting』は、自分らしい住まい方のデザインとこれからの住まいのビジョンをテーマにディスカッションをしました。 ここでは、2021年5月20日に4人のゲストを迎えたトークイベントの模様を前後編でレポートします。
ゲスト
・Japan. asset management株式会社 代表取締役 内山博文さん
・株式会社まめくらし 代表取締役 青木純さん
・VUILD株式会社 黒部駿人さん
・株式会社リビタ 宇都宮惇さん
モデレーター
及川静香さん
住宅の民主化は進んでいない?
モデレーター及川静香(以下モデレーター):今回のトークイベントは、“自分らしい住まいかた”が一つのキーワードになると思います。これまでの自分らしさとは、家の中の出来事でした。コロナの出現で暮らしと仕事が繋がり、働き方が変化した結果、自分らしさの定義が変わっていると感じます。このような生活者の変化を皆さんはどう捉えていますか?
青木純(以下青木):たとえばVUILDさんは建築の民主化を掲げて活動をされていますが、リノベーション協議会は2009年の設立当初、『住宅の民主化をする』と言ったんです。リノベーション文化は分譲で当たり前になって、今はDIY賃貸やカスタマイズウォールなど賃貸にも広がりつつある。住宅業界は、変化はしています。しかし、蓋を開ければそれはマイノリティで、賃貸全体を見渡せば圧倒的に原状回復ルールに縛られているのが現状です。
2020年コロナ禍で事態は大きく転換したと思います。別荘のサブスクリプションや多拠点居住のためのサービスが生まれて、一つの住居に縛られず住む場所を複数持つことで自分なりに暮らしをカスタマイズする人が増えてくると思います。
内山博文(以下内山):住宅は自由になってきました。ただ、本当に自由化が進んできたと言えるのでしょうか? 僕の感覚ですが、コロナをきっかけに住宅リテラシーが高くなったかというと、そうはなっていないと思っています。駅近や築年数など様々な枠に縛られていたものの一つか二つは外れてきた気はしますが、ままだ既成概念に縛られている人のほうが多い。
コロナ禍でリクルートが行ったアンケートを見ると、仕事部屋のために1部屋追加したいなどの話は出てくるけど、それは今のストレスを払拭したいという欲求であって住宅の民主化にはなっていないと僕は思います。
スウェーデンの家に招かれて驚いたのは、どんなに汚れていても必ず家のなか全てを案内してくれることです。住人が家を作っていない場合でも家の歴史から話してくれて、愛着と歴史を積み重ねて受け継がれていることが分かる。日本との大きな違いを実感しました。日本の住まいは、まだまだそのレベルには達していないです。
モデレーター:コロナ禍で暮らしと仕事が近くなったからもう一部屋欲しいとか、リモートワークができるから別のところで働こうという文脈が出てきたけれど、愛着や歴史を積み重ねるという視点では別の何かで喚起することが必要かもしれません。
内山:住まいのことを考えるようになったのは、間違いないと思うんです。ただ、僕たちが思うような民主化まではいっていないですし、生活者がそこまで求めていないと思います。住む場所が二拠点あるのは当たり前だと思う一方で、全体から見ればごくわずかな動きにすぎません。いま僕たち日本人は、住まいとの関わり方を試されている時期にいる気がしています。今どれだけトライできるか……どうすればいいのでしょう。青木さん、大家さん目線でどう思いますか?
ものづくりが開く、住まいの民主化の一歩
青木:中古マンションを案内するとき、事情によっては売主が住んでいる部屋を案内しますよね。でも、賃貸は住みながら案内することは無い。ここを変えたら、変化していくことがあると思っています。賃貸で暮らしているところに次に住みたい人が暮らしぶりを見に行って、住人の感想を聞きながら主観的に家探しができれば、もっと直感的に「この部屋良いな」という話になるわけです。場合によっては、家具を受け継ぐようなことも起きてくるでしょう。
内山:原状回復ルールはキーワードですね。もっと受け継いでいく感覚を持ってもらった方がいいですよね。自分のプロジェクトでは実践しているのですが、オフィスでも原状回復ルールは無くそうとしています。せっかく作ってバリューを上げたのに、壊してマイナスにして返すなんてそんな話はないと思います。
黒部駿人(以下黒部):今の暮らし方はものづくりから離れてしまって、消費でしか欲を満たせない状況になっていると思います。VUILDはものづくりの素人でも、その人が持っている理想を形にする取り組みをしています。たとえば今スタンディングデスクが流行っていますが、自分にぴったり合う高さのデスクはなかなか見つからない。でも、EMARFとShopBotがあれば、自分でスケッチした家具を僕たちと一緒に形にしていくことができます。消費のマーケットに存在しないオリジナルなモノを作れる、作ろうという文化ができていくと、暮らしの何かが変わるかもしれません。
モデレーター:住宅の負に対して自分で何かを作るという文脈は出てきています。VUILDの事例は家具から入るという点で間口が開けていると思います。
黒部:VUILDの取り組みの意義は、市販では買えない価値をつくり出すことだと思っています。従来の家具作りでは必須技能と言われていたCAD等を触ったことがない人、ものづくりをしたことがない人が1ヶ月で自分の暮らしが豊かになるモノを作れるという経験に価値があると思います。
宇都宮惇(以下宇都宮):僕は最近EMARFのワークショップに参加して、子どものためのプレイカウンターと収納家具を作りました。ワークショップでのものづくりを通じて自分の意識の変化を感じたのは、作った家具を何年使うか、子どもが成長した時に使い方がどう変化するかなど、完成品を消費するのではなく使い方の変化を長い時間軸で楽しむ考えが出てきました。既製品を買うときは、不要になったら捨ててしまうか、誰かにあげる、メルカリなどで売るという考えになりますが、自分で作ると消費というよりは使い続けることで育っていくもののデザインを考えるんだなと実感しました。
青木:そうやって作ったものを受け継ぐ感覚が必要ですよね。今の賃貸契約書には、当たり前のように買取請求権は無いと書いているけれど、そこを変えることで住人のやる気を引き出す可能性もあります。部屋のバリューアップしようとか、家賃の10%をものづくりに当てるとか。ものづくりは、これからの賃貸の一つの大きなテーマになると思います。
遠巻きに見る関係者を巻き込んで、当事者にしていこう
青木:住宅の民主化を考えると、用途地域の見直しも必要だと思います。国土交通省で『「ひと」と「くらし」の未来研究会』というのが立ち上がったのですが、そこで用途の見直しを提言しています。たとえば、このイベントは神田から配信していますが、神田のイメージはオフィス街ですよね。でも、用途地域が混在すれば、神田は暮らしや遊びの場にもなりオフィス街という一つのレベル・ラベルからもっとグラデーションが豊かになっていく。土地の柔軟性をどれだけ保つかは、住宅の民主化のキーになってくると思います。
内山:僕はいま、つくば市で仕事をしていますが、民主化がなされていないのがつくばの中心市街地です。官舎が建っていた土地が売却されて、用途地域の関係から分譲マンションになるしかありません。商業・オフィスなど他の用途が入らない状況になろうとしています。暮らす場所と働く場所を分ける必要がなくなってきている中で、どうやって多様性を誘発し、用途地域の枠を外していくか。まずは、ある空間を使ってベンチャー企業などを応援する研究スペースを作るところからスタートしますが、一方で市民がその活動を良しとしないといけない。マンションの住人から見れば、車で大きなショッピングセンターに行って、家の周りは住宅でいいという感覚の方が強いです。歩いて楽しい街になっていないんです。
日本はどちらかというと、マンションはマンションで固まってセキュリティに囲まれている方が安全とか、同じ世代の人たちと暮らした方が価値観が近くて楽だとか、はっきりと分かれているほうが安心という神話があります。でも実はそんなことないと思っていて、いかに住宅だけではない街の多様性を誘発するかが大切です。街づくりはもっと民主化されていかないといけないですね。
青木:たとえば公共空間は、一部の人が考えたものを作り、使わせるという発想のままだと良くなくて、使ってから作り替える方向に変えていったほうが良いと思います。そのほうがよっぽど民主的です。ただ、人は前例のないものやリアリティの無いものを拒絶します。いきなりがっつり作れないという時に、EMARFやShopBotのようなデジタルツールをうまく使って、まずは可能性を示す。作る時に多様な人たちが参加して、圧倒的なリアリティをもって自分の欲求を叶えるところまでいくと良いと思います。
モデレーター:そういう世界には、プレイヤーの多様化も必要ですね。
内山:建築業界・建築家・不動産屋だけが集まっていても、それぞれの価値観に則ったものしか商売としてやらないから何も起こりません。いかに、今まで交わらなかった人たちと混ざりあうかが大切だと思います。最近僕はITをキーワードに出しています。IT業界の発想は自由だし、UXという言葉が多用されているようにユーザーの体験をいかに上げていくか考え続けています。
住宅業界、不動産・建築業界は、多くの住宅を作らないといけない時代に貢献したし、ローコストで住宅を作るという技術を含めて素晴らしかったと思うけれど、もはやそういう時代ではない。今UXの観点でどんな街を作らなきゃいけないのか考えるには、もっと様々な人が集まって議論することが必要です。今までの枠組みに囚われずに、多様な人と会話して頭を柔らかくして、まずは何かを一緒にやってみるという感覚が大切だと思います。
宇都宮:多様性を追求するのと同時に、多様性を寛容化する空間が必要になると思います。たとえば大家さんの場合、どんなふうに寛容性を持たせる機会を作るのでしょうか?
青木:どんな空間も、いきなり何でもOKというのはお互いに怖いかもしれない。出来ることから小さくやろうという方向にスケールを狭めることが大事だと思います。たとえば壁の一面だけ合板を貼って、そこをカスタマイズ自由にすると、大家さんは一面のリスクしか持たなくていいわけです。カスタマイズが気に入ったら住人が引っ越しで持っていくかもしれないし、失敗しても合板を貼り直せばいい。お互いに入口は大切で、寛容性をどのレベルに定めるかを見極める。その後、お互いに信頼性・関係性が築ければレベルを高めていくことは自由にできます。
内山:まずは、当事者を巻き込んでいくことが大切です。今はSNSがあるので、写真や動画でストーリーが伝わっていきます。SNSを通じて、「この人はこんなことを考えて、このようなストーリーが生まれたのか」とリアリティを感じることで、そこから新たな当事者が出てくる。プロダクトを作って、これは良いモノですから使ってくださいではなく、少しずつでも当事者を巻き込んで人に知ってもらうことから始めないといけないですね。
モデレーター:すごく興味のある人よりも、少し距離のある人を振り向かせる必要がありますね。周りの人を巻き込むためのアプローチにはどんなものがありますか?
黒部:VUILDのワークショップは満足度がすごく高いんです。ワークショップに参加した人が、次は講師になって自発的にワークショップを開いたりして、そうやって僕たちの手を離れたところで自発的にデジタルなものづくりが広がっています。
自分でこういうモノを作りたいという気持ちで入るからクレームは無いし、もしも壊れても「次はこうやってみよう」という発想になる。「受注して◯◯円で作りました。」「不良品だったから交換してください」といった商売のやり方ではなく、関わった人たちを当事者にしていくやり方に変えたいと思っています。
内山:買うという行為は消費的になってしまうんですね。分譲マンションは消費なんです。そうではなく、自分で作るというのは、能動的に自分の生き方・暮らし方を考えて、それをどう表現するかに繋がっていく。その仕組みを考えることが、住宅の民主化のスタートになると思っています。
<後編>につづく