晴海エディターの半年間を振り返るコミュニティマネージャーのいるシェア暮らしから見えた未来|シェアする暮らし

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晴海エディターの半年間を振り返る
コミュニティマネージャーのいるシェア暮らしから見えた未来

目 次
  1. 1新しいコミュニティの在り方をともに考えるパートナー
  2. 2なぜ晴海エディターに?応募に至った一人ひとりの思い
  3. 3シェアプレイスの中だけに留まらず、まちとの繋がりも
  4. 4晴海エディターを経て見えてきた、リビタのシェア暮らしのこれから

今年2024年に、東京の湾岸エリア・晴海に新しくオープンした「シェアプレイスHARUMI FLAG」。このオープンと同時に、入居者の視点からシェア暮らしの魅力や価値を企画・発信するコミュニティの編集者「エディター」活動をスタートしました。

今回は半年間の任期を終えたばかりの4名のエディターの皆さんに集まっていただき、実際の取り組みを振り返りながら、リビタが考えるシェア暮らしの未来を紐解いていきます。

参加者(右から)
ぴょんさん(30代) 作家・漫画家
発信系エディター。「シェアプレイスHARUMI FLAG」に住むにあたって、愛知から上京。シェアハウスは初めて。

グミさん(30代) 旅するフリーランス
コミュニティ系エディター。一人暮らしから「シェアプレイスHARUMI FLAG」へ。一軒家の小規模シェアハウスは経験あり。

まあやさん(20代) 事務
発信系エディター。東京で開催されるライター講座に合わせて、関西から上京。シェアハウスは初めて。

ぜんさん(20代) 宿泊業
コミュニティ系エディター。シェアハウスは5軒目。以前はコミュニティマネージャーをしていた経験も。

海野さん
リビタ社員。今回の晴海エディター活動の仕掛け人でもあり、「シェアプレイスHARUMI FLAG」の物件担当。

新しいコミュニティの在り方をともに考えるパートナー

──まずは、「シェアプレイスHARUMI FLAG」のオープンにあたって、コミュニティの編集者である「晴海エディター」を募集した経緯について教えてください。

海野:まず「シェアプレイスHARUMI FLAG」自体、私たちが今まで運営してきたシェアプレイスとは大きく異なる点が2つありました。ひとつは、アフターコロナにできた物件であること。もうひとつは、晴海そのものが新しくできたまちであることですね。通常、物件が立ち上がるときはそのまちの特徴から住む人の属性が何となくイメージできるものなんですが、晴海はゼロからのスタートなので、正直私たちとしてもどんな方が住んでくださるのか想像がつかなかったんです。

──たしかに新しくできたまちとなると、“暮らし”のイメージがなかなか湧きづらいかもしれません。

海野:そうですね。その暮らしの部分を、入居者ならではの視点で発信してもらうことは重要だなと。さらにコロナ禍を経たことで、制限のある人との距離感から解放され、改めてリアルな繋がりを持てる場への価値が問われていると感じていました。そこで、この新しく生まれたまちのシェアハウスで新しいコミュニティの在り方をともに考え、つくっていくパートナーとして、エディターを募集することになりました。

──経堂や下北沢など、ほかのシェアプレイスでもエディターという制度はありましたが、何か違いはあるのでしょうか?

海野:今回の晴海に関しては、より日常的に暮らしの様子を発信していくことを重視したかったので、初めてSNS等で魅力を発信する「発信系エディター」と、イベントの企画実施をする「コミュニティ系エディター」に分けて募集をしました。エディターの事前説明会をオフラインで開催し、選考自体もイベント化して、直接顔を合わせて話をする機会を持てたのはよかったなと思います。その結果、30名近くの方からご応募いただきました。

──すごい倍率ですね。

海野:熱意を持って来てくださる方が多くて、最終的には枠を増やして選ばせていただきました。個々のスキルが素晴らしいというのはもちろんですが、これから6人で活動していく上でのバランスも考えていましたね。

なぜ晴海エディターに?応募に至った一人ひとりの思い

──では、実際にエディターとして活動されていた皆さんにもお話を伺いたいと思います。晴海エディターに応募した理由を教えてください。

グミ:今振り返ると、3つ軸があったのかなと思います。ひとつは、今まで一人暮らしをしてきたので、こういうシェアハウスに住んでみたいという純粋な興味があったから。2つ目は、今までスタートアップやコワーキングなどの働く軸でのコミュニティマネージャーを経験してきたので、住まい軸のコミュニティがどんな感じなのか、見てみたいと思ったから。

3つ目は、今仕事でローカルのプロジェクトに携わっているので、この新しいまちでこれからどんな面白いことが起きていくのか、エディターという立場だったらより間近で見られるかもしれないと思ったからですね。私自身、すでに出来上がったコミュニティに入っていくのはあまり得意じゃないので、オープニングでみんな同じスタートラインというのも魅力的なポイントでした。

グミさん

ぜん:僕も、今まで4か所シェアハウスを渡り歩いてきて、コミュニティマネージャーを経験したこともあったので、もともとこういう役割には関心がありました。それで、たまたまSNSの広告でエディターの募集を見つけて、刺さりまして(笑)。

その頃住んでいたシェアハウスが、オープンから半年経ってある程度コミュニティとして安定してきたタイミングだったのもあり、そろそろ次に行くのもありかなと。オープン物件ですし、100人規模のシェアハウスは未体験だったので面白そうだなという興味が大きかったですね。

ぜんさん

──発信系エディターのまあやさんとぴょんさんは、この晴海エディターの活動を機に上京されたんですよね。

まあや:はい。もともと関西にいて、ライターを目指すために東京のライター講座に通おうと思っていたんです。費用面や人と関われるという面でもシェアハウスは選択肢のひとつとしてあって、探し始めたら割とすぐにこの晴海エディターの募集を見つけました。これだったら、東京で住む家もライターとしての実績をつくれる環境も、どちらも手に入る!運命かもしれない!と思って、応募しました。

海野:当時まだ関西にいたときのまあやさんとのオンライン面談は、すごく印象に残っています。もう画面から飛び出してくるんじゃないかという勢いで(笑)。

まあや:あのときは、「私をとらなきゃもったいないですよ!」くらいの思いでお話していたので(笑)。

まあやさん

ぴょん:私も同じで、上京しようと物件を探していたタイミングで、このエディター募集を見つけました。愛知にいた頃は、同じく美大出身の芸術畑の人とばかり関わっていたので、違う世界に触れたい気持ちがすごく大きかったんです。今までとは全く違う暮らしを通して、自分がどう変わるのかを知りたかったんですよね。

それで募集をよく見たら、発信エディターという役割があることを知り、これだったら自分も役に立てるかもしれないぞと。一年くらい前から、暮らしを2コマ漫画にして即興的にSNSで出すということをやってきていたので、新しいシェアでの暮らしを漫画にできたら面白そうだなと思っていました。

ぴょんさん

シェアプレイスの中だけに留まらず、まちとの繋がりも

──今回エディターの皆さんは、実際にシェアプレイスに住みながら、コミュニティマネージャーとしてきっかけをつくる役割を求められていたと思います。印象に残っている取り組みを教えてください。

ぴょん:まち全体で実施されたイベント「HARUMI FLAGマルシェ」で、2コマ漫画制作のワークショップを実施したのはすごく思い出深いですね「シェアプレイスHARUMI FLAG」の入居者としてワークショップを開催できることになったのがきっかけでした。

まあや:HARUMI FLAGには子連れのファミリーも多いので、子どもから大人まで楽しめるワークショップって何だろうと考えたときに、ぴょんちゃんが以前やったことのある2コマ漫画制作のアイデアを出してくれて。

2コマ目が空白になっている漫画のオチを考えて描いてもらうというものなんですが、その見本をほかの入居者に呼びかけて描いてもらったんです。こういう創造的な遊びを久しぶりにした!ってみんなも楽しみながら協力してくれたのがすごく嬉しかったですね。

ぴょん:みんなアイデアが面白くて、最高なんですよ。入居者の意外な一面を知るいい機会にもなったなと思います。マルシェ当日はおかげさまで満席で、まちの皆さんからも好評でよかったです。

グミ:まちとの関わりという面では、シェアプレイス内で開催した「味噌玉づくりイベント」もすごくよかったなと思います。エディター活動の延長が決まって、私たちとしても今まで以上にテーマ性を持って定期的にイベントをやっていきたいねという話になり、実施したうちのひとつですね。

食に関心のある人が多いので誰でも簡単にできる味噌玉づくりをしようとなったんですが、それだけだとインナーコミュニティに閉じてしまうのでもう一癖入れられないかなと。そのときに、ぴょんちゃんが「近くに『東京鰹節センター』があるよ!」って(笑)。

ぴょん:そうそう、卸の鰹節店が集まっている趣のある建物で、まち歩きしているときにたまたま見つけて気になっていたんですよ。それでエディターの名刺を持ってアポなしで一度行ってみたところ、社長さんに繋いでいただけて。すごくノリのいい方で、シェアプレイスの話をしたら行ってみたいなあと言ってくださったので、社長さんをお招きしての味噌玉づくりイベントが実現しました。

ぜん:社長さんはいろいろな場所で出汁講座を開催している方で、鰹節のお話も面白かったよね。

グミ:このイベントをきっかけに近所に鰹節センターがあることを知った入居者も多くて、のちのちそこの商品を買いに行ってくれたりして。今までは入居者同士の交流もシェアハウスの中に留まりがちだったんですが、このエリアの面白さを知るひとつのきっかけをつくれたのかなと思います。

──エディター活動期間中に苦労したことや、当初とのギャップのようなものはありましたか?

まあや:エディター以外の入居者さんたちはシェアハウス経験者が多く、自主的にイベントを企画したり、みんなが発信や参加をしやすい環境づくりをしてくれたりして。そのおかげで、最初にたくさん立ち上がったサークル(部活)の活動が今でもちゃんと継続しています。

その一方で、エディターである私たちは何ができるのかに悩み、一度「もう私たちは必要ないんじゃないか」というところまで落ち込んだこともありました(笑)。そこでみんなで話し合い、まずは自分たちが一番楽しもうと決めたら吹っ切れたんですよね。

グミ:そうだったよね。そこからは、やりたいという声が上がっているけれど手間がかかるような企画は、私たちエディターが積極的に運営を担うようになりました。みんなに喜んでもらうことを軸に企画するようになったからか、任期が終わる頃には「ありがとう」「寂しい」って言ってくれて、最後までやりきってよかったなって。

ぜん:入居者さんたちがエディターの送別会を開いてくれたんですが、すごく嬉しかったですね。

晴海エディターを経て見えてきた、リビタのシェア暮らしのこれから

──半年間のエディター活動を経て、コミュニティの様子に変化は感じますか?

グミ:後半にかけてお仕事で繋がる人が出てきたなあと感じますね。私自身もほかのメンバーからライティングのお仕事をいただいたりとか。逆に、まあやちゃんにライティングの文字起こしをお願いしたりとか。ある程度の期間、一緒に暮らすことで築かれた信頼関係がベースにあるぶん、すごく頼みやすいのかなと。

ぴょん:私もメンバーに依頼してもらって、イラストを描かせていただきました。ラフの確認や打ち合わせも、一緒に朝ごはんを食べながらできるのが、シェアハウスならではだなと思います。

ぜん:あとは、転職相談やリファラル採用も物件内のあちこちで起こっている印象ですね。興味のある会社の話をしたら、そこに知り合いのいる別のメンバーが繋いでくれた、みたいな話をよく聞きいます。

海野:むしろ出会いの入口がビジネスの場ではないからこそ、そうしたスムーズな展開が生まれやすいのかもしれませんね。住むことから派生して、共創が生まれていくのは僕らとしても嬉しいことですし、どんどん加速していけばいいなと思います。

──では最後に、今回の晴海エディターの活動を通して、リビタの思い描く今後のシェア暮らしの展望について教えてください。

海野:リビタとして、晴海ではしっかりまちとの繋がりをつくりたいという思いがあったので、エディターの皆さん主導で地元の魅力的な事業者さんと繋がっていただいたり、イベントを通してまちの人との交流が生まれたりしたのは、嬉しい出来事でした。また、エディターの皆さんがそれぞれの得意を活かしながら、企画・発信してくださったのもすごくよかったです。

これからのシェアハウスはより機能を拡張し、住むだけでなく時には稼いだり、遊んだり、学んだりする、そんな場所になったらいいのかなと。仕事にせよ遊びにせよ、何かやりたいと手を挙げる入居者の方がいたときに、「シェアプレイスだったらできる」という場にしていきたいですし、リビタも加わって一緒につくれる関係性でありたいなと思っています。

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