原川 慎一郎さんインタビュー人が集まり、何かが生まれる。食を通して、居心地のよい場をつくる。|住まいのヒント

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原川 慎一郎さんインタビュー
人が集まり、何かが生まれる。食を通して、居心地のよい場をつくる。

目 次
  1. 1レストランというよりも家のような場所をつくる
  2. 2人が集い、新しい文化が生まれるよう場所をつくりたい
  3. 3生産者を訪ねる旅を続けることで、日本の食や環境をサポートする
  4. 4料理という表現を通して、たくさんの人の暮らしを豊かに
  5. 5できるだけものは少なく、世界中どこでも楽しめる暮らし
  6. 6生産者さんとつながり、日々の情報をアップデート
  7. 7新しい家の空間に合わせたオーダーメイド
  8. 8家で使うような、親しみやすい小さな道具を愛用

目黒の住宅街にある12席のほどの小さなビストロ「BEARD(ビアード)」。駅から徒歩10分の場所だが、いつもたくさんの人で賑わう人気店だ。オープンなキッチンにレンガの壁、フラットにつながるモルタルの床には、ヴィンテージ家具が無造作に並ぶ。オーナーシェフの原川慎一郎さんは、家のような場所をつくりたいという思いから、この空間をつくり上げたという。そんな原川さんの生き方や大切にしていることから、“食”を通じて豊かに暮らすことのヒントが見えてきた。

レストランというよりも家のような場所をつくる

―「BEARD」は少し駅から離れていますが、いつもたくさんの人で賑わっていますね。どのようなお店なのですか?

原川さん いろんな人が集まって、そこから何かが生まれる場所をつくりたくてこの店を始めました。カナダに住んでいたときに友達の家に遊びに行くと、アイランドキッチンと一体となった大きなカウンターがあって、そこに皆が集まって食べたり飲んだりすることがよくありました。そういうのがいいなと思って、家庭のオープンキッチンというイメージでつくりました。レストランというより家のような場所にしたかったので、厨房とお客さまの境目をなくすために床もフラットにしています。

また、旅が好きで、旅先で「この場所好きだな」と感じるカフェやレストランなどに出会ったときの感覚を大切にしています。「BEARD」も目黒駅から歩いてここに来て、入った瞬間にどこかに旅しているような、異空間に迷いこんだような感覚になってくれたらいいなと考えました。つかの間の非日常を過ごせる居心地のよい場所にもなればなあと。

空間のテイストは、洋書に載っていたブルックリンにあるイタリアンの店の写真が、頭のなかで描くイメージに近かったので、それに近い物件を探して、ここに辿り着きました。木造2階建のこの建物は、2階は住居で今も人が住んでいます。1階は元床屋さんだったのですが、通りに面して大きな窓があることが気に入りました。内装は「DAIKEI MILLS(ダイケイ・ミルズ)」の中村圭祐さんにお願いしたんですが、洋書の写真を見せて「こんな雰囲気で」とお願いしてイメージ通りに仕上げてもらいました。

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目黒駅から少し離れた住宅街の一角に佇む小さいなお店「BEARD」。夜になると、この印象的な大きな窓から、たくさんの人で賑わう雰囲気が店内の明かりとともにこぼれる。

―「BEARD」はビストロということで、フレンチベースのお料理が中心なのですか?

原川さん 修業してきたのがフレンチの店だったので、フレンチがベースなのでしょうけど、自分では意識はしていません。メニューは毎日違っていて、全国の生産者さんからその日に届く食材を使って、そのときに手に入るもので「何をつくろうかな?」と考えます。その日食べて欲しいものをノリや気分で決めているので、何となく基本の要素はあっても、全く同じメニューは繰り返しません。「あれが美味しかったからまた食べたい」と言ってくれる人もいますが、僕自身がつくり方を覚えていないことも多いんです(笑)。

フレンチの料理人の方と話していると、すごく美味しいエビが手に入ったときに、「焦がして焼いて塩をかけるだけで美味しいけど、それを店では出せない」と言う人が多いです。でも僕は、美味しいと思えばそれを迷いなく出します。食材や調理法を選んで、調理することに技術が活きていると思うから、必ずしも複雑にすることが料理ではないと考えています。

―農家さんを始めとした全国の生産者さんと直接つながって、当日に届く食材ありきでメニューを考えるようになったのはなぜですか?

原川さん 一般的には料理をつくるときは、最初に頭で考えて、このメニューをつくりたいと決めて、それに必要な食材を集めますよね。店をオープンしたばかりのときは僕もそんな感じで、新しい料理の組み合わせとか、今東京にないスタイルとか、どうすれば他と違うものが生み出せるかなどを頭で考えていました。でも生産者さんと直接話すようになって、農業のことなどを深く知るようになってくると、自分が考えることよりも、食材の美味しさをダイレクトに伝えたいという思いが強くなってきて、それに専念するようになりました。

そのきっかけになったのが、アメリカ西海岸のバークレーにある「Chez Panisse(シェ・パニーズ)」というレストラン。オーガニックや地産地消、食育などを45年以上前から実践し続け、ムーブメントを起こし続けている店です。実は2012年7月に店をオープンしてすぐに、前から興味があった「Chez Panisse」で働く機会を得て、2週間渡米しました。そこで彼らのカルチャーに触れて、ものすごく影響を受けたんです。農場などに連れて行ってもらったりして、シェフや生産者さんたちの素材や食へのこだわりを知り、自分が扱っている食材は、どこからきて、どういう人がつくっているのかということに興味を持ち始めました。

それからは、鎌倉まで電車で通って、鎌倉市農協連即売所(通称:レンバイ)で野菜を仕入れたり、築地に通ってみたり、青山ファーマーズマーケットにも毎週出かけるようになりました。そんなことを続けているうちに、いろいろな人と知り合い、徐々に全国の農家さんなどを紹介してもらうようになり、生産者さんとのつながりが深くなっていきました。生産者さんとの距離が近くなり、それぞれの方の想いを知ると、自分も料理をすることで、食べてくれる人にその存在や想いを伝えていきたいと思うようになりました。

原川慎一郎さんインタビュー
厨房との境目のないようなオープンキッチンと大きなカウンターテーブル。オフホワイトの壁には、風景画や写真、彩りのあるイラストのカレンダーなどが飾られている。
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人が集い、新しい文化が生まれるよう場所をつくりたい

―料理の道へ入ることになったきっかけを教えてください。

原川さん 実は以前は会社員をしていて、料理の道に入ったのは27歳の時です。高校を卒業した後、カナダに留学して英語やマーケティングを学びました。卒業後もバンクーバーにある日本人オーナーの旅行会社で働いていたのですが、2002年に日本でサッカーのワールドカップが開催されることになり、サッカーが好きだったのでどうしても帰国したくなって、旅行会社の支店があった京都に転勤することになりました。そこで添乗員などをやっていたのですが、何か他のこともしてみたいと思って、副業で翻訳の仕事を始めたんです。そちらの仕事が少しずつ増えてきたので、翻訳の仕事に本腰を入れようと、仕事数が多い東京に拠点を移しました。それと同時に登録していた派遣会社からテレビの制作会社を紹介してもらい、そこで正社員として働くことになります。番組の版権を海外に販売したり、海外の番組を買い付けたりする仕事で、英語も活かせるし面白いかなと思ったんです。

その頃から、仕事帰りに東京のいろいろな店を回って飲み歩くようになりました。ずっと海外で暮らしていて、東京に友達がいなかったので、一人で飲みに行くのが楽しみでしたね。カナダにいたときも友達とニューヨークなどに遊びに行くと、レストランは高いからカフェに行っていたのですが、食事もお酒もちゃんと楽しめる店が多くて、そういう場所がとても好きだったんです。

ちょうど東京にもビストロが出現し始めた時期で、フレンチのシェフやカフェ世代の人たちが、ワンランク上の食事もお酒も楽しめる店を続々オープンさせていました。それが面白くて、いつか自分も店をやりたいと思うようになったんです。レストランに限らず、人が集まって、好きな音楽が流れていて、パリの50年代のカフェじゃないけど、そこから何か新しい文化が生まれるような場所をつくりたいと考えるようになりました。食べることも好きだったので、それじゃあまずは、料理ができるようになっておいたほうがいいと考えて会社を辞めることにしたんです。

でも、当時の上司がとてもいい人で、先に転職先を見つけたほうがいいからとアドバイスしてくれて、休みの日に履歴書をもってレストランをまわり始めました。最初に行ったのが三田にある「Cote D’or(コートドール)」というフレンチレストラン。シェフの斉須政雄さんの本を読んで尊敬していたので、そこで働きたいと思ったんです。無理を行って時間をつくってもらい会ったのですが、斉須さんにも「そんなに簡単じゃないし、今の会社で働き続けたほうがいいから」と諭されました。それでも諦めずにいろいろな店をまわって、何とか雇ってもらえる目処がついたのが、渋谷の「Concombre(コンコンブル)」というビストロです。いろいろな人に「無理だから」と止められましたが、そうすると逆に燃えてきて、絶対にやってやろうと思うんですよね。

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―そこから原川さんの修行が始まるのですね。「BEARD」を始めることになるまでのお話もお願いします。

原川さん 「Concombre」では皿洗いからスタートでしたが、人手不足だったこともあって、わりとすぐに調理の手伝いをやらせてもらうことができました。フランスから帰ってきたシェフから教えてもらう機会にも恵まれました。何よりものすごい人気店だったので、朝から終電まで本当に忙しく、実践で料理の基礎が身に付いたように思います。すごく辛かったのですが、やり始めたからには逃げるに逃げられないし、斉須さんの本に書いてあった「修業は辛いもの」という話に自分を投影して、修業モードになって続けていました。

「Concombre」で2年働いて、フランス料理のことが分かってくると、フランスで料理を学びたいという気持ちが出てきました。いろいろな幸運が重なって、友達の紹介でブルゴーニュにある「La Madeleine(ラ・マドレーヌ)」という当時2つ星だったレストランで1年間お世話になりました。フランスでもお金を貯めては、あちこちのレストランやビストロに行きまくり、スペイン、イタリア、ベルギーなどを旅行し、ヨーロッパの食文化を堪能して帰ってきました。

そして帰国後は、また友達のご縁で奥沢の「La butte boisée(ラ・ビュット・ボワゼ)」で1年、三軒茶屋の「uguisu(ウグイス)」で2年半ほどシェフという立場で働いて経験を積んだ後、「BEARD」をオープンすることになりました。会社を辞めたのが27歳、その時に35歳までには店をやろうと決めていた。そのためには、どこにどう時間を費やしたらいいか逆算して、それを頭のなかでいつも考えながら動いていたと思います。2012年7月「BEARD」をオープンしたときは34歳だったので、プラン通りに達成できたことになりますね。

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カウンターには、きれいな飴色に変化したハイチェアが5脚並ぶ。店内のテーブルやチェアは、アンティークショップでデザイナーさんと選んだとのこと。
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生産者を訪ねる旅を続けることで、日本の食や環境をサポートする

―原川さんは、「Nomadic Kitchen」という食の活動にも参加されていますよね。どのような活動なのか教えてください。

原川さん 「Nomadic Kitchen(ノマディック・キッチン)」の活動を始めるきっかけは、「restaurant eatrip」の野村友里さんが中心になって開催した「OPEN Harvest(オープン・ハーベスト)」というイベントを手伝ったことでした。このイベントは「Chez Panisse」のスタッフを日本に招き、インスタレーションのように調理をして料理を振る舞うというもので、僕が「Chez Panisse」を知って、後に深く関わることになるきっかけでもありました。「OPEN Harvest」もまた、野村友理さんが「Chez Panisse」の影響を強く受けて開催したイベントで、食とアートをテーマに生産者と消費者をつなぐことが大きなテーマになっています。

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「OPEN Harvest」の後、そこに関わった料理人が中心になって、イベントを通じて学んだことを僕らなりに表現していきたいということで始まったのが「Nomadic Kitchen」です。東京を拠点にレストランをやっているけれど、東京にいるだけではなく、地域の生産者さんのところに出向いていき、その土地の人たちと一緒に交流しながら、生産プロセスを学んで、収穫して料理をつくって食べるという活動をしています。食べて、学んで、語り合うことで、食でつながる地域を超えたコミュニティーをつくっていきたいと考えています。また、地域の食材を活かした商品づくりや食に関するイベントをお手伝いすることにも取り組んでいます。最近では徳島県神山町にメンバーが移住し、神山町役場と連携しながら「Food Hub Project」という活動を進めいて、食堂やパン屋などがオープンしました。

「Nomadic Kitchen」を始めとした食を通した場づくりの活動に取り組むことで、変わったことはありますか?

原川さん もっと日本の農業やその他の第一次産業、そして食文化を探求していきたいと考えるようになりました。さらに、活動を通して広がったご縁を活かして何か新しいことを始めたいという気持ちも出てきたんです。それを実現するため、昨年8月くらいから「Chez Panisse」の総料理長をしていたジェローム・ワーグと一緒に、「Nomadic Kitchen」のご縁で紹介してもらった生産者さんたちを訪ねる旅を続けています。北海道、宮城、千葉、神奈川、長野、岐阜、兵庫、広島、愛媛、鹿児島、熊本など全国各地をまわっているところです。ジェロームは「OPEN Harvest」で来日して以来、とても日本を気に入って毎年来ていました。僕も毎年「Chez Panisse」に研修に行っていて、料理によって生産者さんのこだわりや想いを伝えるという食に対する考え方などを共有してきました。そして昨年、ジェロームと一緒に新しいプロジェクトを立ち上げることになり、二人で「RichSoil&Co.」という会社をつくりました。実は近々レストランをオープンする予定で、現在物件を探しています。生産者さんを巡る旅もその準備の一環なのです。

ジェロームさんと始める新しいレストランは、どんな場所にしたいですか?

原川さん 自然に歩みよって持続可能な形で食に関わる方々、小規模な農家さんや漁師さん、畜産者さんなどがつくる素材を使って料理を提供することで、生産者さんにスポットライトを当て、サポートしていきたいという思いが根底にあります。その先に日本の農業がオーガニックという形で盛んになって、環境が守られていけばいいなと思っていて、僕たちなりにそこに力を添えていきたいのです。

「BEARD」の倍くらいの面積の物件を探していて、オープンなキッチンを真ん中につくって、カジュアルなバーのようなスペースとレストランスペースを分けようと思っています。というのも「BEARD」に来てくれているお客さまは、食に興味があったり理解が深かったりする。そういう方たちのサポートはとてもありがたいし、今後もすごく重要であることは変わらないのですが、全体で見るとまだまだ割合として低く、人口の1〜2%だと感じています。だからもっと気軽にいろいろな人が来やすいように、間口を広げたいんです。ちょっと一杯飲んで、タパスか何かをつまんで帰るくらいのバースペースがつくれればいいなと。そうすることで、僕たちが伝えたいことに、触れていただく機会を増やしたいんです。「あそこは美味しいらしいね」と、何となく来てくれた人にも、食に興味をもってもらえるような、気づきのポイントをちりばめて、それぞれが好きに感じてくれればいいなと思っています。

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店内にはもうひとつ大きな窓がある。外構の木々が窓枠に切り取られ、まるで絵画のような場所。ここでメニューを考えることもあるそう。
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料理という表現を通して、たくさんの人の暮らしを豊かに

―新しいお店にも「BEARD」の「人が集う場」というコンセプトは引き継がれるのですか?

原川さん もちろんです。第一歩のプロジェクトとしてレストランをつくることを計画していますが、もともと料理だけにこだわっているわけではなく、人が集まって料理を食べている「場」が好きで、それをつくりたいという思いが強いです。居心地のよい空間は、料理だけではなく、音楽、照明、スタッフのサービスや醸し出す雰囲気、集まるお客さまの空気感など、いろいろなものが絡み合って生まれるものだと思うので、そのバランスは大切にしていきたいですね。

まだ模索中ですが、場づくりの一つとして、生産者さんを招いて何かイベントをするなど、いろいろなことを仕掛けていきたいです。ジェロームはすでに日本で住んでいるのですが、彼はいま日本の工芸品にもとても興味をもっていて、新しい店では作家ものの陶器などを使いたいという話をしています。詳しい友人に教えてもらって、二人で器についても勉強中。先日、鹿児島に行ったときも「ONE KILN CERAMICS(ワンキルンセラミックス)※1」という陶器が気に入って、今「BEARD」でも使っています。僕が選んだのは裏側に釉薬がかかっていない皿なのですが、表面と裏面のコントラストがいいと思ったし、お客さまが手に触れたときに土っぽさを感じてくれたら面白いなと考えました。自然素材を活かし、そこから導かれるアイデアが形になっているのがいいですね。これから益子などの産地にも行くつもりです。今後は食材だけではなく、日本のクラフトのつくり手ともつながりをもてたらいいなと思っています。

食はボーダレスなコミュニケーションだと考えていて、その大切さや喜びは誰にでも共通するものだと思います。料理という表現を通して、食文化に関わる人たちの想いを食べてくれるお客さまに伝えていくことで、たくさんの人の人生や暮らしが豊かになっていけばいいなと考えています。

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カウンターの上には鹿児島の作家さんの器が置かれている。手の届くところに、こういったつくり手さんのプロダクトがあるのも、生産者さんとお客様とがつながるポイントでもある。

できるだけものは少なく、世界中どこでも楽しめる暮らし

―原川さんの暮らしやお住まいについてもお聞きしたいのですが、現在はどんな家に住んでいますか?

原川さん 「BEARD」から徒歩5分くらいのところにあるマンションに家族と一緒に住んでいます。妻と6歳、4歳の女の子の4人家族です。中古マンションを購入して、少しだけ手を加えました。内装はすべてピカピカにリフォームされていたのですが、壁の一部がボルドーだったり、少し装飾があったり、僕の好みではなかったので、内装の仕事をしている友達に相談して白のシンプルな壁紙に張り直してもらいました。家具は好きなものを置きたかったので、空間に合わせて鉄脚のダイニングテーブルを造作。妻の祖母の代から使っているソファは、ファブリックを張り替えて使っています。インテリアに関しては、シンプルな空間に気に入った家具を置いて、気軽に楽しむのが好きですね。

―今まで住んだ家や見てきた家のなかで、これはいいなと思った空間はありますか?

原川さん カリフォルニアの友達の家ですね。何人かの友達の家によく泊めてもらうのですが、どの家もものがとても少なくて、気持ちいい空間なんです。シンプルでそれほど大きな家でもないのですが、植物などを上手に取り入れていて、すごく豊かな暮らしだなって感じるんです。

僕自身も家にものを置くのはあまり好きではなくて、できるだけものは少なくしたいと思っています。極端な話ですが、もしも災害などで家が壊れてしまっても、「じゃあ次行こうか!」と思える状態でいたいんです。ものに執着したりとらわれたりしない精神状態でいることを大事にしたいと思っていて、家や暮らしもできるだけシンプルなほうがいい。僕は世界中どこでもいいなと思えるし、どこでも暮らしていけると感じています。ものにとらわれず、どんな場所でもそこでシンプルに暮らしをつくっていけば、楽しめるんじゃないかと考えています。

※1 ONE KILN CERAMICS=有田焼の窯元で修業した城戸雄介さんによるブランド。桜島の火山灰やさまざまな鉱物を独自に調合した釉薬を使用してつくり出す、鉄のようなざらっとした質感が特徴。

原川 慎一郎さんのお気に入り

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生産者さんとつながり、日々の情報をアップデート

原川さんがたくさんの生産者さんとつながるきかっけとなった場所。現在でも毎週のように出かけている。マーケットの運営スタッフや友人の料理人たちと顔を合わせ、会話をすることで日々の情報のアップデートができる場所でもあるという。最近では「見た目が悪い野菜」を使ってスープをつくる「Disco Soup」という、食べ物の廃棄問題を考えるイベントにジェロームさんとともに参加した。

青山ファーマーズマーケット
開催日時/毎週末土・日曜日 10:00~16:00
東京都渋谷区神宮前5-53-70
青山・国際連合大学前広場

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新しい家の空間に合わせたオーダーメイド

昨年7月に引っ越した新しい家に合わせて、家具職人につくってもらったというダイニングテーブル。脚はマットな質感のスチール。ニュートラルな素材の色にこだわった。天板は一枚板の無垢だと予算がオーバーしてしまうため、はぎ材を使っている。ちなみに「BEARD」で使っているテーブルやチェアはヨーロッパのヴィンテージ。富ケ谷にあるアンティークショップ「TIN’S COLLECTION」などもよく利用するという。

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家で使うような、親しみやすい小さな道具を愛用

大げさなプロ用の道具ではなく、親しみやすい小さな道具が好きだと話す原川さん。家のような空間づくりのために、道具も家庭用にこだわったのが始まりだが、小さな道具は細かい作業がしやすく使い勝手もいい。なかでもフランス製の「OPINEL」のペティナイフはお気に入り。フランスに行くと買い溜めてしまうほどだという。持ち手はでブルー以外にピンクや黄色なども。フライ返しやピーラーもフランス製の小型のものを愛用している。

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