伊藤 菜衣子さんインタビュー
何を選んで何と別れるか。選択の先にある未来
暮らしかた冒険家。広告制作を生業とする傍ら、暮らしにまつわる常識を再構築する冒険中。キャンプ場で行った1泊2日総勢100名参列の結婚式「結婚キャンプ」、熊本の築100年空き家期間17年の廃墟をセルフリノベーションした「弊町家」、ギャランティの支払いに通貨以外の選択肢をつくる「物技交換」などを試みる。札幌国際芸術祭2014では坂本龍一ゲストディレクターに指名を受け、札幌での暮らしそのものを作品「hey,sapporo」として公開、2017年には初監督作品映画「別れかた暮らしかた」を発表。
肩書は「暮らしかた冒険家」。使い古された“暮らし”という言葉も、“冒険”とつながると新鮮に聞こえます。渋谷から熊本へ、そして札幌へ。今は札幌を拠点に、子育てしながら東京にも行き来しつつ活動する伊藤菜衣子さん。田舎暮らしとはちょっと違うハイブリッドな暮らしの冒険をしながら、伊藤さんが最近考えているのは、「人生100年時代に大切なのは、何を選び、何と別れるかではないか」ということ。断熱リノベーションしたご自宅兼オフィスでお話を聞きました。
行き過ぎた趣味と仕事で「一番詳しい素人」になる
—伊藤さんのことを調べると、「暮らしかた冒険家」という肩書きに「何だろう?」といい意味での引っ掛かりを感じると思います。どういったことをされているんですか?
未来がこうなったらいいなぁ、こうなったらハッピーだなぁ、という空想を、実現していく冒険をしているんです。って、抽象的すぎて意味不明だと思うのですが(笑)。例えば戦争がない世界がいいなぁ、ということに対して、戦争の原因はいろいろあるけれど、そのひとつが、石油の取り合いだったりするわけです。じゃあ、石油が必要ない生活ってどんなものだろう?って考えていくと、家で使っている暖房にたどり着いたりする。つまり、家自体が暖房をあまり必要としない家だったらいい。そうすると、断熱・気密をきちんとした「高性能なエコハウス」という答えにたどり着くんです。で、その技術はまだあまり普及していないので、実際に自分の家でやってみて、たくさんの人に知ってもらうために、本を作ったり、写真を撮ったり、ウェブを作ったり…ということをしています。要するに、行き過ぎた趣味と仕事です。「暮らしかた冒険家」って。
—それで仕事になるんですか…?
例えば、さっき話したように、自分の家を高性能なエコハウスにするにはどうすればいいかを知りたくて、エコハウスに詳しい人に会いに行ったりします。そこで聞いた話を自分の連載などで記事にすると、話を聞かせてくれた人から「こういう風に活動をまとめてもらってうれしい。うちのウェブもリニューアルしたいんだけど」と連絡をもらったりして、ウェブ制作や執筆や撮影の仕事につながります。その仕事のためにエコハウスについてさらに猛勉強することになり、すると、素人にしては高性能なエコハウスにめちゃくちゃ詳しい人になるんです。そうしたら今度は、住まい手向けのエコハウスの本を編集してほしいというオファーが来たり。編集の仕事はしたことがなかったけれど、そこでも編集のことを勉強して…というようなことを繰り返して、どんどんいろんな仕事につながっていくんです。
—仕事と勉強が並行しているんですね。
最近は、自分の暮らしをつくる中でいろんな人に出会うんですけど、特別面白くてたくさんの人に知ってもらいたいなと思った人たちの暮らしや仕事のドキュメンタリー映画を作って上映会をしたり、自分が暮らす中で考えたことを自費出版で本にしてオンラインショップで販売したりもしています。
—趣味、仕事、暮らしがスームズにつながっていて、まさしく「暮らしかた冒険家」ですね。暮らす場所にもこだわりがあると思いますが、東京での仕事もする伊藤さんが、なぜ今は札幌にお住まいなのですか?
2012年のある日、突然、坂本龍一さんからFacebookのメッセンジャーで「半年くらい札幌に住めない?」とカジュアルなメッセージが届いたんですよ(笑)。その時は子どももいなかったし、椅子と机と台所があれば生きていけると思っていたので「住めますよー」と数秒で返信をしました。2014年の札幌国際芸術祭でアート作品をつくるのではなく「ただ暮らしてほしい」という、作品というかプロジェクトをしてほしい、というオファーでした。
—坂本龍一さんからメッセンジャーって…いったいどんな関係なんですか?(笑)
10代の頃から面識があって、私が運営やクリエイティブに参加していた「100万人のキャンドルナイト」や、他の仕事でも接点がありましたし、坂本龍一さんが2010年に始めたサカモトソーシャルプロジェクト(※1)のウェブ制作にボランティアスタッフとして関わったこともありました。
坂本龍一さんが声をかけてくれた意図は、「『暮らしかた冒険家』が何かしていると、感度の高い面白い人たちが、どんどん集まってくるだろうから」ということでした。きっかけは、当時私たちが熊本で古民家を借りてセルフリノベーションしていたことでした。
—古民家をセルフリノベーション!建築の知識や工事の経験があったのですか?
2011年に東京から熊本に引っ越して、築100年の町家をまったくもって建築的な知識もないのにセルフリノベーションしていたんです。何をどうすればいいのか毎日困っていたら、熊本の面白い人たちがSNSなどで噂を聞きつけて、どんどん手伝いにきてくれました。そんなふうに熊本のいろんな人と知り合ううち、一人の農家さんはウェブ制作と野菜一生分交換しよう、と提案してくれて、「物技交換(ぶつわざこうかん)」という、貨幣を介さない交換が始まったり。そういった試みの札幌バージョンを見てみたかったようです。「面白い人ホイホイ」プロジェクトですね。
—「暮らしかた冒険家が札幌に住んだら何が起きるのか」をプロジェクトとして展示してほしい、ということだったんですね。その舞台となったのが「札幌の家」。この家はどういう家だったんですか?
元々は、札幌でも古民家を借りてリノベーションしながら住むつもりだったんです。でも、いろいろ調べていくうちに、これからの時代は築30年ぐらいの家が一番余っていくことが分かりました。「札幌の家」は9歳まで住んでいた私の実家で、約30年前に建てられた家。父の転勤で、家族で神奈川に引っ越したあとは、賃貸にしていた時期もあったのですが、ちょうど入居者が退去するタイミングだったということもあり、この家を使うことにしました。
※1「サカモト・ソーシャル・プロジェクト」skmtSocial project(#skmts)坂本龍一氏による、ソーシャルメディアを活用したライブ経験を共有するプロジェクト。
プロとDIYを使い分けてコスパを上げる
—札幌国際芸術祭では、「札幌の家」に住みながらリノベーションしていく過程そのものを公開していたそうですが、どのようなリノベーションを行ったのでしょうか?
坂本龍一さんからのお題が「OFF-GRID(オフグリッド)」だったんですよ。「オフグリッド」とは本来、電力会社の送電網(グリッド)から独立して、電力を自給することを言うのですが、それだけじゃなく、既存のインフラを見直すということを含めて考えました。例えば、食料のこと、仕事のこと、貨幣経済のこと、いろんな「当たり前」を見直してみたんです。
まず、「安定した給料」がもらえることが当たり前じゃない、給与が右肩上がりでもない未来で、どうやって精神的に安定していられるかを考えると、「住む場所にお金をかけ過ぎない」というのがひとつあるなと思ったんです。
できることはなるべくDIYと、周りの人を巻き込んでつくる「DIWO(Do It With Others)」でやりました。札幌国際芸術祭の常駐のボランティアの方や、作品を見に来た本来ならばお客さんである人たちを巻き込んで、内装を作っていったんです。壁紙を剥がしたり、漆喰を塗ったり、断熱材にしようと羊毛を洗濯してほぐしたり…。
—参加者の人は、大半が素人だと思うんですが、それで家のリノベーションができたんですか?
家づくりって、時間さえあれば、素人でできることも多いんですよ。私自身、画鋲ひとつ刺しちゃいけないってプレッシャーを感じながら生きていた賃貸生活のときは、思いつきもしなかったですけど。家づくりに参加してくれた人の中で「壁ってこんなにカジュアルに変えられるのか!」って驚いて、実際に自宅でやってみたという人もいました。プロジェクトにいろんな人が関わって、得たものを持ち帰って、それぞれの暮らしの中でそれが続いていることは、SNSを通じて知ることができますし、思った以上の反響があったと思います。フランス人の方も遊びにきてくれたんですが「フランスの壁紙より剥がしにくいぞ」って言っていたり、国によってリノベーションのしやすさが違うことにも気づくことができました。
—生活自体が作品となると、ものすごくカオスな生活ですよね?
そうですね。2014年7月19日から9月28日まで毎週末、家を解放していたので、1日に50人くらい人が出入りすることもありましたよ…。お金をかけないってことは、何かとトレードオフなんです。秩序を保つことや計画的であることに普段はお金を払ってるんだな、ということがよくわかりました。ここはバランスだと思っていて、カオスでローコストを選ぶのか、秩序的で今まで通りを選ぶのか、それぞれが選べばいい。でも、そもそもこういうカオスな世界があるっていうのは、私もやるまで知らなかったことですし、そういう幅を知れたのは面白かったです。もうやりたくないですけど(笑)。
—「選択肢の発見」があったわけですね。
そうなんです。でも、自分でやるって、大変なんですよ。例えば、味のある仕上がりにするためにDIYをするとします。自分でやったら安上がりだし。でも、安易に始めると、ものすごく時間がかかるし、プロほど美しい仕上がりになることはないんです。そのときに、大工さんや職人さんのすごさを思い知るんですよ。だから、ケースバイケースで、使い分けができることが大事だと思うようになりました。さらに、職人さんの仕事へのリスペクトがむくむくと湧き出ます。そうすると、彼らとのコミュニケーションの質が変わります。そうやって、いろいろ会話しながら作業をお願いする空間は、職人さんだって特別な気持ちで挑んでくれる。結局は、人間関係なんだなぁって思います。
—具体的に、DIYとプロへの依頼の使い分けはどのように考えていますか?
リアルな話をしていいですか?夢とかロマン、ないですよ(笑)。
—えぇ、ぜひ聞かせてください。リアルなところを(笑)。
それはですね、やはりコストパフォーマンスです。職人さんに払う日当と、自分の稼ぎ出せる日当を比べたときに、どっちがお得か、どっちの質を選ぶのか、ということ。職人さんはきっちり仕上げてくれるので、私たちはラフに仕上げてもらいたくても、彼らは彼らのプライドにかけてやりたくないところとか、あまりに実験的すぎて責任持てないぞ、ってところもあるので、そこは自分でやります。だけど、あとはプロにお任せしたい、というのが、家をセルフリノベーションしまくって出てきた揺るぎない感想です。家づくりの各工程や作業がなぜ分業制になっているのかとか、いろいろ全部やってみて、本当によくわかりましたよ。
—DIYでやろうとすると、腰が重くて、結局いつまでも完成しないということにもなりがちですよね。
そうですね。ゴールが遠すぎることって、なかなか着手できないんですよ。だから、外壁と断熱の工事は、いろいろ考えてプロにお願いしました。そのほうが私の心に波風が立たずに、平和に過ごせそうだったので(笑)。そうやって、いろいろやってみたことで選べるようになったというのが、一番得られたスキルかな、と思っています。
2度目のリノベは暖かくてかっこいいエコハウス
—2014年の札幌国際芸術祭のあと、2016年にもう一度リノベーションしていますよね。どういったリノベーションを実施したのでしょうか?
家の燃費を良くする断熱リノベーションをしたんです。外壁を北海道の杉に変えて、外壁の下に厚さ約10cmの断熱材をプラスしました。元から入っていた断熱材を足すと厚さは20cmです。そして、窓をYKK APの樹脂3重ガラスに入れ替えました。日本の家は、裸にホッカイロを貼っているようなものだとよく比喩されてますが、イメージとしては、そこにセーターとウィンドブレーカーを足すような工事です。
—そうすると、具体的に何が変わるんですか?
まず、外がマイナス10度でも、夜に暖房を消して朝起きた時に、室内は15度くらいあるんです。だから、現在、両親が住んでいる神奈川の家の方が寒くて、実家に帰りたくなくなりました。実際は、仕事で息子を預かってもらうので、よく行ってるんですけどね。
それと、窓の近くが寒くないんですよ。結露もしないので、部屋のカビっぽさもなくなりました。あとは、うちは吹き抜けがあるんですけど、2階ばっかり温まっていたのが、1階と2階の温度差が2度くらいになりました。って、文字で読むだけではきっとこの感動は伝わらないと思うんですけど、快適なんですよ。逆に、不快なことって慣れているから気が付いてなかっただけで、本当は辛かったんだなって気づきました。寒すぎて開かずの間だった場所も使えるようになり、家の隅々まで暖かくなって、それでも家の燃費は約1/3になりました。
—「家の燃費」とは聞きなれない言葉ですね。
「車の燃費」も私が子どもの時は聞きなれない言葉だったので、きっともうすぐ普通になるんじゃないかなぁ、と思っているんですが、普通に生活したときに必要な温度を得るために、年間どれくらいのエネルギーが必要かを、断熱材の量や間取りや日当たりなどから設計段階でソフトウェアを使って計算できるんですよ。
—燃費をわかりやすく光熱費に置き換えてみると、どのくらい下がったのでしょうか?
薪換算でわかりにくかったら申し訳ないのですが、10㎥必要だったのが半分になりました。1㎥あたり約21,000円掛かるので、約105,000円ですね。さらに、毛布はいらなくなったし、本当に寒い時にバックアップで使っていた石油ストーブも使わなくなりました。家の中で、分厚いセーターを着ることもなくなりました。
—薪ストーブ生活…!憧れちゃいます。
いやぁ、憧れますよねぇ。私も憧れていたし、環境負荷も少ないし、最高だなって思ってたんですよ。けど、家の断熱性能がちゃんとないと、家中が暖まるわけではないし、薪も大量に用意しなければならないし、なかなか苦行なんですよね。ヘタレの自分が楽しんで薪ストーブライフするって、もはや家そのものを見直さないとダメなんですよ(笑)。自分が憧れるものと、自分のできることと、家の性能のバランスが取れたときに、住まいは「本当にいいもの」になるんだなと思います。
—これまでのエコハウスというと、エコが一番の目的になって、デザイン面はそれほど気にしていないような印象がありました。ただ、伊藤さんの家は黒い外壁が雪に映えてとても美しい。内装もとても洗練されています。
「エコはダサい」っていうのは、もう古い話にしたいなって思うんですよ。かっこいい人たちがエコなことを敬遠してるなんて、なんか面白い未来を遠くしちゃっているというか。だから、エコなことほど、カッコよくありたい、というのはすごく意識しています。見た目も、社会へ真摯に向き合う姿勢も両方備わっているのが、一番価値があるっていうのが、普通になったらいいなぁって思ってます。
—ちなみに断熱リノベーションにはどのくらいの費用がかかっているのでしょうか?その元は取れていると感じますか?
断熱リノベーションにかかった費用は680万円です。お金のことだけで考えると、この先35年暮らした分の光熱費と相殺すると、元は取れないんです。ただ、体感的な快適さや、開かずの間が子ども部屋になったり、毛布もいらなければ、喘息の発作がなくなったことによる医療費負担の軽減とか、あらゆることを考えると、「みんなやった方がいい!」と思うほどです。それでも、まだやりたいことが全部できているわけではなくて、むしろ家づくりは永遠に完成しないかもしれません(笑)。
—今後さらにしたいリノベーションがあるのですか?
暖房だけでなく、電気と上下水道のオフグリッド、つまり自給化にトライしてみたいですねー。これが、あまり費用をかけず、快適にできるようになると、過疎地でのインフラの整備とかしなくて良くなることが証明できるんですよ。例えば財政破綻した夕張では上下水道がすごく値上がりしています。新しい技術がどんどん出てきているんだから、行政ではなくそれぞれの家でやった方が効率いいこともきっとあるわけでしょう。そのあたりの冒険をしたいですね。我が家でやっていることは、私の自己満足を超えて、未来の新しい家やまちのあり方につなげていけたらいいなと考えています。
「理想の暮らし」を自らつくること
—ご自宅のリノベーションでも他者との関わり方の実験や挑戦をしてきた伊藤さんですが、そこからもう少し話を広げて、伊藤さんが考えるこれからのコミュニティについて話を聞かせてください。
東京の渋谷区から地方に移住してみて、関わる人の職業の多様性にハッとしました。サラリーマン、農家、大工、カフェ店主、大手飲食チェーンの偉い人、建築士などなど。その環境の中で、自分の仕事と全く異なる仕事がコラボすると伸び代が多くて面白いなと思っていて。
例えば、幼馴染で谷口農園という農家の谷口めぐみちゃんが、札幌国際芸術祭の期間中に遊びに来てくれて再会して、いろいろ話すようになりました。お父さんの減農薬の方針を継ぐか、有機農法に切り替えるか迷っている相談を受けたりする中で、私は既存のお客さんとは全く関係ないオンラインショップでなるべく高く売ってみる実験を提案したんです。やってみるまでに3年くらい悩んだ末に「やってみたい」となって、去年からアスパラとトウモロコシと小松菜の販売をしています。実際にやってみると、SNSでも反響があるし、どんどん本人も面白くなったり、問題点が見つかったり、と動き出していきます。そして、この間「もっと本格的にやってみたい」となって、彼女が自分でオンラインショップをつくって販売を始めたんです。
一生懸命な仕事とニーズがちゃんとつながったら、もっといろんな職業の人がやりがいをもって働けると思うんですよ。私は、そういうことの「スイッチ」を押す役割をしたいと思っていて、周りがどんどんいろんな稼ぎ方を知って、挑戦していく姿を見ているのはワクワクします。
—地元の人とほぼ移住者である伊藤さんの、お互いの視点がアップデートされて、新しいものが生まれたんですね。それは、仕事として相談や提案を行っていたんですか?
これは、仕事というよりは、世間話の延長でしたね。お金はもらってないけれど、代わりに超新鮮な有機野菜を農家が届けてくれるという贅沢を得ることができました。私たちはこれを「物技交換」と呼んでいるんですが、これは、お金には代え難いことなんですよ。熊本時代に知り合った「のはら農研塾」ともウェブ制作やPRと引き換えにお米とスイカをもらっていたり、食べものは買わなくても生きていけるレベルですね。
—農家からの新鮮で安心な野菜だけで食生活を送れるなんて、東京じゃお金がかかりすぎてとてもできません。
作っている人との関係が近いというのは、何ごとにも代え難い豊かさだなぁ、と思います。それは子どもを育てる上でもすごく良くて、うちの息子は常に誰が作った野菜かを意識しながら食事をしていて、生産者に思いを馳せています。
東京の仕事をしながら札幌に暮らしていると、札幌は家賃も安いし、自分のお金をどこにどうやって配分するかを考える余白があるんです。我が家は札幌市に西の端っこにあって、ススキノなんかとは異次元なんです。東京でいうと新宿と高尾山くらい環境が違うところで、それでいて距離感は新宿と明大前くらいなんですよ。ススキノまでもタクシーで2500円くらいで行けて、おいしいものを食べに行ったりできる都市と自然の距離感も面白い。
—とは言え、札幌と東京を行ったり来たりの生活をしながら、お子さんを育てるのは大変だと思います。今の生活を、子育て目線で見たときに、どんなメリット・デメリットがありますか?
そもそも出張がある生活って、いろいろ取捨選択しないと成り立たないんですよね。「丁寧な暮らし」と「出張」って、めちゃくちゃ相性が悪いですからね。梅干し漬けても、出張で土用干しのタイミングを完全に逃したり、赤紫蘇を買い損ねたりしますから(笑)。何を自分でやって、何を自分でやらないか、ちゃんと自分で決めなきゃいけない。子どもが生まれて、とにかく何を手放すか、ということを意識的にしてます。じゃないと、すべて空回りしていくので。
札幌で子育てするメリットは、札幌に住み始めてから子育てが始まったので、実際に他の場所と比べたことがないのですが、保育園に有機畑があって子どもたちが何を植えるかを相談していたり、シャケの遡上を見に行ってその後シャケを料理したり、余白があるなぁ、と思うこと。あとは、ご近所の庭のフルーツを息子が把握していて、交渉して食べるというたくましさが培われたこととかね(笑)。保育園にも近所の人にも何というか、ゆとりがあるのがいいですよね。
あとは、もう私が子育てのことで諦めたことがあって、息子に必要なものを私が全て与えることは不可能だって気がついたんです。だからこそ、あちこちの大人にちゃんと関わって、吸収できる状況をつくりたいなと思っています。礼儀とか人との距離感とか、試行錯誤ですが、そこだけはちゃんとしようと思っています。パソコンのUSBポートのような外部接続口をたくさんつくっておく、というイメージです。
だから、デメリットは、私が「お母さん」に専念していないこととも言えますが、結果そんな状況が、彼をよりたくましく、大きくしてくれたら、メリットにもなり得ますよね。デメリットが、どうやったらメリットになるか、そんな仕組みづくりが子育てなのかなぁ、と捉えてます。じゃないと、いろいろ不可能じゃないですか(笑)。
だから完全に公私混同です。2017年に初監督した映画「別れかた暮らしかた」の上映会ツアーでは、自費出版の本も売るし、息子も連れて行くし、全国あちこちの面白い人に彼は出会えるし、視野が広がって行く。私や保育園や学校で教えられることの限界を、超えていけるかな、と。
—これまで、社会に広まるべき価値のあることを広げる広告制作的な役割を果たしていた「暮らしかた冒険家」が、自らの発信を始めているということですね。
現実的に、クライアントベースの仕事より、自分のプロジェクトの方が時間的な融通が利きやすいわけです。子育てしながら仕事の完成度を担保するって、普通にやってたって無理なんで。あとは、広まるべき価値のあることが何なのか、みたいなところを見返してます。なので今はもっとシンプルに、自分の暮らしの中で一番時間とお金を突っ込んでやっている「暮らしかた冒険家」というコンテンツにもっと時間をつかったら、面白いんじゃないかな、と思っています。
—具体的にどんなことをしていきたいと思っているんですか?
東京を離れて7年経つんですけど、便利なのも楽なのも、やっぱり東京にいることなんですよ。またいつか、東京に住むのもいいなって思いますしね。動く歩道を歩いている気分になれるので。
地方に住んだり、子どもが生まれたことによって、いろんな問題が勃発して、その中で常に自分がどうしたいのか、どうあったらハッピーなのかを取捨選択しまくって、カスタマイズしまくって、いまこういう状態になっていて。自分は、人生のいろんなところでドロップアウトしてきたから、一般的なレールの上を歩いているとは思わなかったけど、今思えば、7年前の私は今よりもレールの上を歩いていたんだなぁと思うんです。
「これからは人生は100年」って言われているし、いろんな技術が進化して、もっともっと選択肢が増える中で、自分が何が大事で、自分は何を手放せるか、そういう取捨選択が生きる上で大事になってくるんじゃないかな、と思ってます。自分がつくった映画のタイトルも「別れかた暮らしかた」ですからね。って、宣伝ですみません(笑)。
伊藤 菜衣子さんのお気に入り
どこまでも手作りにこだわるFarm to tableなカフェ
伊藤さんの初監督作品「別れかた暮らしかた」の主人公の1組でもある、福島のりんご農家の安斎伸也さんと、鎌倉の寿司屋の娘である明子さんが、札幌に拠点を移して始めたカフェ。月替わりのランチプレートはほぼ自給したもので作られており、伊藤さんは保存食のレパートリーやアレンジの参考にもしているのだそう。
『たべるとくらしの研究所』
札幌市中央区南9条西11-3-12
TEL 011-522-8235
営業日 水・木・金・土
営業時間 11:00~17:00
日常に溶け込む反戦
下條ユリさんは、伊藤さんがブータンを旅した際に偶然出会ったアーティスト。20代前半で小沢健二さんや松任谷由実さんのCDジャケットなどを手掛けた人気イラストレーターです。今はブルックリンで活動しています。反戦へのエスプリを盛り込みつつも、日常に飾っていても違和感がないこの絵が、多くの人の日常にあることを想像して、暮らしかた冒険家のオンラインショプでも取り扱っているのだそう。
『暮らしかた冒険家オンラインストア』
OFF-GRID &COMMUNITY SUPPORTED LIVING
ポートランドで見つけた便利なやつ
アメリカのポートランドで購入したという、日本ではあまり見ること無い64オンス(約1.9リットル)の大容量の水筒。冬の時期は、薪ストーブでお湯を沸かして、この水筒に入れてお茶を飲んでいるという伊藤さん。次の日の朝までほんのりあたたかいほど保温性が高く、大人数のお客さんが来る時は急須代わりにも使っているという、重宝アイテム。
Stainless Steel Insulated Growler Bottle(MiiR)