ローカルとつながる旅
奥浅草・蔵前エリアで「地元に愛される店」を巡る
観光地ばかりをめぐる旅じゃ、つまらない。ほしいのは、その地域のローカルな場所・文化とのつながりを感じることができる体験。
連載「ローカルとつながる旅」では、地域とのつながりを感じることができるような旅のプランをご紹介します。
今回訪れたのは、東京の奥浅草・蔵前エリア。東京といえばまっさきに思い浮かぶ観光地のひとつ、「浅草」にほど近いこの街での一泊二日の旅で、地域の知らなかった表情と出会いました。
-1日目-
奥浅草で、日常の甘味を味わう
浅草駅を出ると、人、人、人。コロナ禍で観光客が減ったのも今や昔、浅草はたくさんの人で賑わっていた。円安の影響もあってか、海外からの観光客の姿も多い。
せっかくきたし、一応、雷門をみておこうか、と行ってみると…
おお、すごい賑わいだ……。今回の旅のテーマは「ローカルとつながる」。浅草寺詣でもいいけれど、せっかくならば観光客が訪れない、「地元・浅草」の表情にふれてみたい。
人ごみのないほうを選んで歩くと、意外にもすぐ、日常の時間が流れるエリアがあった。
あぁ、なんだか落ち着く。
浅草寺の北にあるこのあたりは、「奥浅草」「裏観音」と呼ばれていて、住宅街のなかに昔ながらの喫茶店やレストラン、おしゃれなカフェなどが点在している。そして、芸妓さんの派遣などを行う「浅草見番」があるなど、花街の文化が息づくエリアでもある。
しばらく歩くと、「千束通り商店街」に出た。
観光客の姿もなくなって、靴屋さんなど、暮らしを支えるお店が並んでいる。
歩いていると、和菓子屋さんを見つけた。ここ、「山口家本店」は、1946年(昭和21年)創業の老舗らしい。
ちょっと覗くと、甘味喫茶としても営業しているみたいだ。ちょうど甘いものが食べたい気分だったので、寄ってみよう。
頼んだのは栗ぜんざい(560円)。まろやかなあんこと栗のほくほくとした食感があわさって、う〜ん、美味!
食べている間、お客さんが何人も、お菓子を買っていった。「お団子五つください」「イチゴ大福ふたつで」。この地域に住む人にとって「山口家本店」の味は日常の味なのだろう。
自分のためのギフトと出会う
「千束通り商店街」から東へ5分ほど歩くと、住宅街のなかに突然、お洒落な外観のお店があらわれた。
ここ、パリの裏通りだっけ?いやいや、奥浅草である。
このお店は、「Les JUMEAUX GEMEAUX (レ ジュモー ジェモー)」。キャンドルやディフューザー、メンズのアンダーウェアを扱っている。すべてオーナーがセレクトした輸入物。どれも、ほかの店ではあまり見かけないアイテムだ。
こちらは「ONNO」 というベルギーのルームフレグランスブランド。すべてハンドメイドで仕上げられているらしい。見た目もスタイリッシュだし、ギフトによさそうだ。
「ギフトもいいですけど、自分のために使うのもおすすめですよ」と、オーナーの澤崎保男さん。
「いい香りにかこまれたり、いい肌触りの下着をつけると、気分がよくなりますよね。僕自身、香りや下着など、肌にふれるものが好きで。そういう、自分自信を気持ちよくしてくれるものを提案しているんです」
そういえば、最近自分を労われていなかった気がする。誰かのためじゃなく、自分のためのギフトを買うのはいいかもしれない。そう思って、気に入った香りのディフューザーを購入した。
お供え大根で、心身清らかに
澤崎さんにお気に入りの場所を聞くと、「そうだなぁ……『待乳山聖天(まつちやましょうでん)』はよく行きますね。落ち着いた雰囲気で。好きなんです」とのこと。さっそく行ってみることにした。
「待乳山聖天」は、西暦601年に建立されたと言われる浅草寺の支院のひとつで、正式には本龍院というらしい。
ん? 大根……?
よくみると、「お供え大根」と書いてある。実は「待乳山聖天」では、お供え物に大根が用いられるのだ。
なんでも、大根は体内の毒素を中和して消化を助けるはたらきがあることから、心身を清浄にする聖天様の「おはたらき」をあらわすものとされているそう。毎年1月7日には「大根まつり」が行われているらしい。
お供えされた大根は、「お下がり大根」として配布されていた。
アートに囲まれて宿泊する
大根をお供えして、身も心も清らかになったところで、そろそろ宿にチェックインに向かおう。
隅田川にかかる橋を渡ると、スカイツリーが迎えてくれた。
泊まるのは「KAIKA 東京」。「THE SHARE HOTELS」という、SHARING WITH LOCALSをコンセプトに地域との共生を目指すホテルブランドのひとつだ。
このホテルがユニークなのは、アート作品のストレージ(収蔵庫)とホテルが融合しているところ。
地下と1Fにアート作品を公開保管する収蔵庫が9区画あって、日本を代表するアートギャラリーやアートコレクターが絵画や彫刻、工芸などを収蔵・展示しているのだ。
宿泊しながら作品の鑑賞も楽しめるのは、アート好きにとってはうれしい。
客室も、カーテンの色やしつらえなど、細部まで手の込んだデザインがほどこされている。
落ち着いた雰囲気の空間と、浅草から隅田川を隔てた本所というエリアにあることもあって、どこか喧騒をはなれて、ほっと一息つけるような感覚になる。
老舗もんじゃ屋、銭湯の雰囲気に酔いしれる
一息ついたらお腹が空いてきた。浅草方面に行けば店もたくさんあるけれど、そこまで歩くのもおっくうだ。
近場でいいお店はないか……と検索すると、見つけたのが「おかとく」だ。
「おかとく」は、もんじゃ焼き・鉄板焼きの店。昭和33年に氷屋さんとして開業したのが始まりだそうで、その頃の名残か、かき氷も売っている。
がらりと扉を開けると、女将さんが一人で切り盛りしていた。お客さんたちが「勝手知ったる」という感じで、オーダーを自分で伝票に書いたり、空いた皿を片付けたりと、女将さんをサポートしている光景に、なんだか心があたたまる。
ドリンクもセルフ。自分で冷蔵庫から缶のハイボールをとってきて、ぐびりとやる。もんじゃにお好み焼き、そして焼きそばでしめた。
帰り道、「荒井湯」に寄ってひとっぷろ。宮造りの建物が立派だ。浴室で、墨田が生んだ浮世絵師・葛飾北斎の「富嶽三十六景」をモデルにした銭湯画を眺めながら、「江戸時代にこのまちはどんな景色だったのだろう」と思いを馳せる。
-2日目-
蔵前で、個性豊かな文具と出会う
「KAIKA」の1階にあるカフェレストラン「safn゜(サフン)」でゆっくりとモーニングを食べてから、チェックアウト。隅田川を渡って、向かうのは蔵前エリアだ。
このエリアは、ふるくから問屋や町工場が集まるものづくりの街として栄えてきた。最近ではお洒落なカフェやゲストハウスなどもオープンし、あたらしさと古き良き時代が融合した、独特の雰囲気がある。
この日訪れたのは「カキモリ」。「『たのしく、書く人。』をコンセプトに、書くきっかけを作る文具店」と聞いたら、ノートは手書き派の自分としては行くしかない。
店内では、万年筆やペン、ノートなど、個性豊かな文具が並んでいて、胸が踊る。
オーダーノートやオーダーインクをつくることもできる。表紙、中紙、留め具を自分で選んでつくるノートは、きっと愛着がわくはず。土日祝日は予約制ということなので、今度予約してやってみよう。
この日は自分のために、ペンを買うことにした。
お店の中で、「カキモリのある町」という街歩きマップを見つけた。スタッフさんいわく、「カキモリに来てもらうだけじゃなく、蔵前というまちに遊びに来てほしくて、地図をつくったんです」。
マップには、観光ガイドには載っていないお店や神社、珍百景的なスポットが紹介されていて、今回の旅にはぴったり! ということで、ありがたく1枚いただくことに。
蔵前のレトロな情緒を味わう
「カキモリのある町」のなかでとくに気になったのが、「幸楽」。
「ザ・町中華」といった感じの外観もさることながら「半ナシラーメン(半ナシゴレンとラーメン)」というメニューが興味をそそる。なぜか中華屋なのに、インドネシア料理のナシゴレンがあるのだ。
「半チャーラーメン(半チャーハンとラーメン)」はよくあるけど、「半ナシラーメン」とは、いったい……?食さずにはいられない。
たのんでみると、なるほど、うまい!ナシゴレン風味のチャーハンといった感じで、チャーハンの香ばしさと、スパイスのピリッとした刺激があいまって、スプーンがとまらない。
ちなみに、ナシゴレンを出し始めたのは50年以上前にインドネシア人のお客さんに頼まれたからなのだとか。地域の人と共に歩んできたことがエピソードだ。この日も、常連さんらしきお客さんと店員さんが「最近どうなの?」と盛り上がっていた。
食後にコーヒーが飲みたくなって、「喫茶らい」へ。店構えも、店内も、昭和の香りがプンプンして、純喫茶好きにはたまらない(店内は喫煙可なので、苦手な方はご注意を)。
コーヒーで一服したら、マップを手に蔵前を散策。路地を歩くと、レトロな建物や小さい工房、ショップなどが点在していて、ちょっと覗いたり、写真を撮ったり。このエリアを散歩するだけでも飽きない。
たとえば飲食店やお惣菜、日用食料品店が並ぶ「おかず横丁」も、建物や看板が情緒を醸し出している。
未来の自分に手紙を書ける喫茶店
たまたま見つけたのが、「封灯」という喫茶店。封筒がならんだ不思議な様子に惹かれて、入ってみることにした。
メニューがおもしろい。飲み物と一口スイーツと共に、一年後の自分への手紙を書くことができる「TOMOSHIBI LETTER」と、詩的な言葉と共に飲み物や食べ物を楽しめる「A CUP OF LETTER」のふたつなのだ。
「さっきカキモリで買ったペンで、未来の自分に手紙を書いてみようか」と思い立ち、「TOMOSHIBI LETTER」を頼んでみることにした。
いきなり自分への手紙を書くのは難しい。けれど、渡されたカードのひとつに「Reflection Card」というものがあって、「近頃のあなたはどんなことに力を注いでいますか?」など、いくつか問いが書かれていた。
この問いに沿って考えていくと、今の自分のこと、未来の自分に伝えたいことが、だんだんと言葉になってきた。
ひととおり手紙を書き終わったら、好きな色の蝋を選んで溶かし、シーリングスタンプ(封蝋)をつくる。
封をしたら、店内に設置されたポストへ投函。1年後、きっと書いたことも忘れた頃に、自分のもとに手紙が届くんだろう。
封筒をひらいて、「そういえばあのとき、奥浅草と蔵前を旅して、あんな人やこんな味と出会ったな」なんて、ふふふと思いながらなつかしむ。そんな自分の姿を想像した。