第4回 これからの本屋めぐり「本屋イトマイ」
1980年生まれ。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。2012年、東京・下北沢にビールが飲めて毎日イベントを開催する本屋「B&B」を博報堂ケトルと協業で開業。著書に『本の逆襲』(朝日出版社/2013)、『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(朝日新聞出版/2009)、共著に『本の未来を探す旅ソウル』(朝日出版社/2017)がある。
「BUKATSUDO」にて「これからの本屋講座」を主宰。
本記事は、ブック・コーディネーター内沼晋太郎さんが主宰するBUKATSUDOの人気講座「これからの本屋講座」受講生の手がける、全国のユニークな本屋を巡るコラムです。
「本屋イトマイ」は、東武東上線のときわ台駅近くに2019年3月にオープンしたお店です。1階にある扉を開けて階段を上がると見えてくる落ち着いた空間。入って右側には本屋が、左側には本を読めるカフェスペースが広がっています。本は厳選された書籍と手に取りやすい雑誌などを取り揃えています。カフェではコーヒーとともにチーズケーキやトーストがいただけます。また、落ち着いて本が読めるよう、ゆったりとした空間につくられているほか、売りものとは別に、カフェ側には自由に読める小説や詩集、コミックが棚に収められています。「お店を作って回していくこと自体がアート」だと話す店主の鈴木永一さんに、この本屋への想いをお伺いしました。
本屋さんになるとは思ったこともなかったです
内沼さん オープンおめでとうございます。最初にお話を聞いたのが、僕が横浜のBUKATSUDOでやっている「これからの本屋講座」に来ていただいた時で、たしか第3期(2015年2月〜4月)でしたね。
鈴木さん ありがとうございます。はい。その時はまだ、良さそうな物件を見つけたから最初は地元の山形でやりたい、という話でした。
内沼さん それから結果的に2019年3月に、東武東上線のときわ台駅で「本屋イトマイ」をオープンされました。どういう経緯で東京でやることになっていったんですか。
鈴木さん 地方でやる不安やリスクというのもあったんですが、当時から東京で仕事をしていたことと、結婚も控えていた時期というのがありました。そこでなるべく今住んでいるところの近くがいいんじゃないかと。ときわ台駅はしばらく本屋が街になかったところで、そんなに賑やかでもないんですが住んでいる人は多い。僕がやるなら流行りの街じゃない、こういう東京ローカルのようなところのほうがいいのかな、という気持ちになっていったんです。
内沼さん どこでお店をやるかというのは、生活に関わることだから大切ですよね。そもそも、お店をやりたい、という気持ちはずっとあったんですか。
鈴木さん いえ、「お店をやりたい」と思うようになったのは、内沼さんに出会うことになった本屋講座を受けてからですね。
内沼さん それまでは全然、お店をやりたいとは思ってなかった?
鈴木さん お店もですが、まさか本屋さんになるとは、思ったこともなかったです(笑)。
内沼さん えぇ(驚)、じゃあなんで僕の講座に来てくれたんですか。
鈴木さん 「&Premium」の本屋特集(「本屋が好き。」2015年3月号・1/20発売)を読んで、本屋ってこんなにいろんなお店があるんだと気づいて。その刊行記念で本屋B&Bでトークイベント があってそれに参加して、というのが始まりだったと思います。「これからの本屋講座」のこともそこで知ったんだったかな? なんかビビッと来ちゃって、開講ギリギリだったんですが追加募集をやっていて、それですぐに申し込んだんです。
お店を作って回していくことがすでにアート
内沼さん 講座を申し込んだ時点では、まだそこでは本屋になろうとは思ってなかったわけですよね。
鈴木さん うーん、なにか自分で独立してやりたいな、という願望はあったんです。それがお店、というわけでもなかったんですが、当時「小商い」という考えに興味が湧き始めたころで、転職も含め独立して何かやれないか考えていた時期でした。「本屋講座」で自分がやりたい本屋の活動案を出すんですが、最初の山形案のレポートは、物件とかはちゃんと調べたりはしましたけれど、まだ妄想というか、願望みたいなものでしたね。でもそれを発表したときに、内沼さんから「できそうですね」みたいにおっしゃっていただいて、もしかしたら、と。
その時はデザイン会社に勤めていたんですが、もともとは現代美術がやりたくて東京に出て来たんです。でも途中から本を読むほうが表現のメインになってきちゃって(笑)。
内沼さん 作品を作るよりも、ということですか。
鈴木さん はい、『文章を書く』とかではなくて、『本を読む』ということがすごく面白くなっちゃって。
内沼さん 美術から読書に興味が移るきっかけは何だったんですか。
鈴木さん 単純に今まで現代美術が一番だと思っていたのが、小説を読みだして覆されたというか、「本を読むこと」は現代美術だと感じるようになっていったんです。美術には視覚的な面白さがありますが、同じく表現をするという意味で小説は際限がないなと。文字だけなんですけど、表現の広さとか深さ、理論的な表現手法や、哲学に接続する部分もあって。特に保坂和志さんにすごく影響を受けて、それから保坂さんがおすすめする本を手当たり次第に読んでいくうちに、どんどんハマっていきました。
内沼さん 本を読むことが現代美術。しかもそれが書く方じゃなくて、読む方に進んだんですね。
鈴木さん そうですね。とりあえず読まなきゃ、という感じでした。それで、ここ「イトマイ」では本の読めるカフェと本屋という形で始めてみようと考えました。始める前から漠然と想像はしていたんですけど、お店を作って回していくこと自体が、その様々な困難さも含めてもうアートじゃないかと(笑)。
内沼さん お店が自分の作品というような。アウトプットだという気持ちがあるんですね。
鈴木さん お店が一つの作品だとすると、本当にいろんなことができるなと。これからは展示とかもできればと思っているんです。それこそ本屋B&Bに初めて行ったときに、本屋さんの編集力というか、独特の棚作りやフェアを見て「あぁすごいなぁ」って感動したんですよね。これだったらずっと、なにかずっとやっていけるんじゃないか、と。
内沼さん ある種、現代美術も読書も、他のものも全部入っている、みたいな。
鈴木さん 全てを出せるし、そうですね。内沼さんが本屋講座でおっしゃっていたことですが「本屋って全部ある。人が知りうるすべてのジャンルを旅することができる」と。
「イトマイ」という由来は「お暇します」の「暇=いとま」から来ているんです。僕自身も日々の生活の中で、本がどんどん読めなくなって情報も受け取れなくなっている、という状況があって。本はひらいて読むだけで、どんなジャンルの世界にもすぐに飛び込むことができる。だから、オフィシャルでもないプライベートでもない「いとま」に、その本をじっくり選んで、身体に浸透するようにゆっくりと読める場所が必要だと思いました。
普段使いでも特別なときでも、いつ来てもいい場所
内沼さん 仮オープンして数週間経ちますが、やってみてどうですか。
鈴木さん 大変ですが、すごくおもしろいです。本を買ってくれた方にはなるべく一声かけるようにしていて、本から話が弾むこともあるし、コーヒーをおいしいと言ってもらえるのもすごくうれしくて。この街にはしばらく本屋がなかったみたいなので、「こんな本屋欲しかったんです」と言ってくれる方が多いですね。
内沼さん いいですね、それ。
鈴木さん それは本当に、店を作ってよかったと思う瞬間ですね。
内沼さん 今考えている目標とか、こういう店にしたいという想いはありますか。
鈴木さん 「イトマイ」という店の名前にも関係しますが、長時間滞在してほしいですし、長く本を読んでもらいたいです。なにより本屋なので毎日来てもらってもかまわないよ、と。普段使いから、深く考えたいときなど、いろんなシチュエーションでも「いつ来てもいい場所」として認識されていってくれたらいいなと思います。
内沼さん これからの活躍も楽しみにしています。
(店舗情報)
店名: 本屋イトマイ
住所: 174-0071 東京都板橋区常盤台1-2-5 町田ビル2F
営業時間: 12:00~21:30 ※木曜のみ17:00~21:30(火曜、第1・3月曜定休)