まちとくらしの再構築
〈TSUGU 京都三条〉
都市から辺境へと渡り歩き、そこに暮らす人々と関わり合いながら体験した出来事を写真と文章で表現している。
本記事は、様々な土地を旅して回るフォトジャーナリストが、「リノベーションによる再生」に注目し、そうした土地を訪問し、滞在して綴るフォトエッセイです。
例えば、狭い路地裏から機織りの音が聞こえてくる古風な西陣。もしくは多彩なアートが堪能できる岡崎、さらには京のドラマチックな四季の移り変わりを感じ取る哲学の道など、京都には寺社仏閣外でなくても、個性的な界隈がいくつもある。街を代表する繁華街である四条通と並行する三条通も、そのような場所のひとつに数えることができるだろう。なぜならそこは、いつの時代も新たなカルチャーが集積し、結果として伝統と革新が絶妙のバランスで調和した、実に京都らしいメインストリートだからだ。
8世紀から存在した平安京の三条大路(さんじょうおおじ)。歴史的な通りが鴨川と交わる三条大橋は16世紀、京都大改造によって頑強な石橋となり、豊臣秀吉はその橋を東海道の起点と定めた。東海道が江戸幕府によって東日本と西日本を結ぶ大動脈として整備され、人の往来が増えると、道中の風光明媚な場所は浮世絵や俳句によって描かれ、全国各地に伝えられた。三条大橋とつながる現在の三条通は、そのような歴史が集積した「交差点」なのだ。
現在の三条通を、南北を貫くメインストリートである烏丸通から鴨川に向けて歩く。観光客と地元客で溢れかえる四条通と比べて行き交う人の数こそ減るものの、道幅は狭く、だからこそ様々なエレメントがギュッと凝縮されているような印象を受ける。目に飛び込んでくるのはレンガ造りの近代建築群。それがひとつやふたつなのではなく、10軒前後の文化遺産が並んでいる。わずかな距離の中に 20世紀はじめの西洋風建築が集まる風景は、全国的に見ても極めて珍しいそうだ。さらに、それら文化財に挟まれるように、伝統的な町家や江戸時代の豪商屋敷が佇んでいる。そのほとんどは人の立ち入りを制限して保護されているのではなく、現在も大手銀行、郵便局、文化博物館、旅館、さらには伝統的な足袋屋やアパレルブランドのショップとして活用されている。
実は今日のステイ先である“TSUGU 京都三条”も、三条通の文化的景観を象徴する登録有形文化財をコンバージョンしたものという。丸太町にある“RAKURO 京都”に続いて、2019年にオープンした“THE SHARE HOTELS”シリーズのひとつ。東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店(現・同行本店旧館)を手掛けた辰野金吾の率いた辰野・片岡設計事務所によって1914年に竣工した旧日本生命京都支店のうち、塔屋を含む一部分が当時の状態で保存された非常にユニークな建物だ。
三条通が柳馬場通と交わる角に、この時代を象徴した赤レンガではなく、石貼りを多用した壁面に多様な装飾が施された、トンガリ帽子のような屋根を乗せたチャーミングな塔屋が佇んでいる。そこからさらに鴨川方面へ歩くと、幕末に建てられた町家である漆器屋「西村吉象堂」や、時計貴金属商として財を成した豪商が1890年に築造させたルネサンス風の民間商店建築「家邊徳時計店」などが現れ、やがて「1928ビル」へ。「関西建築界の父」とも言われる建築家・武田五一により設計された、中世から近代の様々な要素を自由に折衷させたアール・デコ調の文化遺産が醸し出す独特の存在感は、京都の近代史のアバンギャルドな一面を後世に伝えている。建物一角に人が群がっていたので近寄ってみると、生タピオカ専門店に群がる若い女性たちが作り出したずいぶんと長い行列だった。時代を超越したミスマッチな光景を前に思わず笑みがこぼれる。
三条通はやがてアーケード街となり、河原町通を越えると三条大橋が見えてきた。浮世絵師の歌川広重が「東海道五十三次」で描いた、東海道の終点、もしくは起点。全国から人やモノが集まり、新しい文化が常に生み出されたホットスポットである。低い山々に囲まれた鴨川の川上から吹く風が心地よく抜けてゆく。「明日は川沿いを歩いてみよう」と迷わず決めて、“TSUGU”へ戻ることにした。
重厚な歴史的建築物の中に入ると、コンテンポラリーな内装が目についた。ポップアップショップが展開される大きなショーケースには新しい感性が込められた焼き物が陳列されている。そしてよく見るとショーケースの一部が奥にある別の空間へとつながっている。「何だろう?」と思い覗いてみると、その先にはアパレルショップとカフェがあった。以前からここで展開していた、オリジナル・デニムを中心とする老舗アパレルブランド“Johnbull Private labo”は、“TSUGU”のオープンを機にリニューアル。また、その隣には「キノシタショウテン」の運営するカフェ“ushiro”が新しくできたそう。ホテル、ショップ、カフェが共存するユニークな空間となった。
ちなみに両者の拠点はともに岡山、さらにショーケースに収められているのは北陸と瀬戸内のふたりの若い作家による陶器。東海道五十三次の終点/起点としての京都三条を意識した「全国各地のローカルが集うクリエイティブな場」という“TSUGU”のコンセプトが表現された、とてもユニークな仕掛けだ。
旧日本生命京都支店の建物は一部を残してすでに取り壊され、その後に増築された事務所ビルと一体化している。よって、全49室のうち、ジュニアスイートルームが登録有形文化財の建物の中にある。およそ50㎡の空間はカップルや家族はもちろん、3、4人の女子旅でも利用できるほど広々として、古い時代の西洋建築だけに天井も高い。また、どの部屋に滞在したとしても、宿泊者専用のキッチンとラウンジスペースへ行けば、歴史的な空間にステイする実感は得られる。ラウンジの背後に新設された長細い窓から、この歴史的建造物の象徴である塔屋が見えるからだ。
「近くのオススメスポットは?」とチェックイン時に尋ねてみると、「ぜひ錦市場を訪れてみてください!」とホテルスタッフが勧めてくれた。新鮮な食材なら何でも揃う「京の台所」とのこと。調理器具が揃ったシェアキッチンを見回して、「よし、今夜は料理でもしてみるか!」と気分が向いた。
“ushiro”でテイクアウト用のスペシャルティコーヒーを用意してもらうと「今夜は地元のジャズ・デュオのライブがありますよ」と教えてもらった。看板を掲げず、声も出さず潜むようにホテルとアパレルショップの奥に隠れる風変わりなカフェ。岡山にある自社焙煎所でローストされたエチオピアコーヒーのクオリティに驚き、ワインバーに様変わりするという夜の雰囲気に期待しながら錦市場へ向かった。
錦市場は、年末の上野アメ横を彷彿とさせるような賑わいを見せていた。中でも国内外から京都を訪れる観光客が特に目につき、もちろん週末の夕方ということもあるが、ゆっくり買い物をすることは不可能なほどの人だかり。魚、肉、京野菜、佃煮に漬物。「京都ならではの旬の食材を」と物色したものの、お惣菜屋さんが思いのほか多いことに気づき、ならば「おばんざい」と呼ばれる京らしい惣菜類をあれこれ買って楽しむことに。ハモの蒲焼き、だし巻き卵、豆腐、ちりめんじゃこ、赤かぶらの漬物。最後にコンビニで炊飯された白米を買い、ミッション・コンプリート。ホテルのキッチンに戻って缶ビールを開け、機転を利かせリーズナブルな京料理を用意した自分の手腕に乾杯し、取り揃えた土地の味覚を堪能する。
すでにライブの時間が始まっていた“ushiro”に顔を出してみると、キーボードとピアニカによる鍵盤デュオ「鴨川ハルモニカ」がクールな音世界を紡いでいた。ジャズをベースに美しさ、楽しさ、重厚さ、そしてある種の「気だるさ」まで溶かし込んだ、確固たる世界観を前に、「京都という土地が、いかにして自由な芸術的風土を育んだのだろうか?」と思いを巡らせる。ワインリストの中から適当にオーダーした赤ワインを口にする。量産型ワインでは見ることのない複雑な赤の色味と、グラスの底に溜まった黒い澱。そして全国の料理人を魅了する吉田牧場のチーズというチョイスが、“ushiro”を運営する岡山の「キノシタショウテン」の感性を提示していた。ピアニカの音が高らかと鳴り響く特別な空間で、次なる旅へ思いが広がる。
「暖かい季節になったら、もっと西へ旅してみようか」
心地よい天候に恵まれた翌朝は鴨川へ。三条大橋から川を眺めると、日本の歴史を見つめてきた河原でランニングをしたり、コーヒーを片手に寝そべったり、おしゃべりに興じたり、思い思いの時間を過ごす人々がいた。心地良さそうな彼らの姿に背中を押されるように、特に目的を決めず川沿いを歩きはじめる。町家が並び、視界の奥に比叡山が見える。途中で川の両岸を渡す石があった。中には亀の形をしたものもある。高校生らしき若者たちが軽快に石を渡って川を横切る光景は青春ドラマのようにピュアで、小さな子が必死に石を伝い、父親がその小さな背中を見守る様子は家族の物語の一部のようだ。
やがて加茂大橋が架かる出町柳に着いた。ここは高野川と賀茂川が合流して鴨川となる中継点で、三角形をした中洲がある。デートするカップル、お弁当を広げるグループ、ギターとカホンを持ち出して音楽を奏でる若者たち。橋の下の飛び石に目をやると、人々が列をなして川を渡っていた。京都のシンボルとして親しまれてきた水流は、どこか気品ある音を立てながら市民に極上の癒やしを運び、親切なことに、よそ者である私の心もキレイに洗い流してくれたようだ。心地よい足の疲れと空腹が脳を刺激する。スマホを取り出しグーグルマップを見てみると、近くに豆餅(豆大福)で有名な「出町ふたば」があると知った。期待に胸を高鳴らせお店へと急ぐ。けれども行列の想像以上の長さに唖然として、手ぶらのまま川べりに戻ることに。残念ではあるけれど、豆餅を片手に川を眺めるのは、また別の機会にしよう。その代わりにもう少しだけ、優しさに包まれた川沿いを歩いてみようか。