建築家 田中裕之さんインタビューユーモアをきかせたデザインが居心地の良さを作るKIRO 広島|まちとのつながり

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建築家 田中裕之さんインタビュー
ユーモアをきかせたデザインが居心地の良さを作る
KIRO 広島

目 次
  1. 1プールがカフェになった
  2. 2ユーモアのヒントは街の中にある
  3. 3観察と体験から別の視点を見出す
  4. 4ごみ処理を見学する谷口吉生建築
  5. 5船で移動して瀬戸内暮らしを体感してみる
  6. 6使い方いろいろ『NINJA PUNCH』

”ローカルの新しい魅力をシェアする”をコンセプトに展開するライフスタイルホテル THE SHARE HOTELS。「KIRO 広島」は”瀬戸内ローカルへの分岐路”をテーマに、広島市から新たな旅路を提案するホテルです。今回は館内のインテリアデザインを担当した建築家の田中裕之さんに話を聞きました。

プールがカフェになった

ー初めて「KIRO 広島」の空間を見てどう感じましたか?

3階は現場を見た瞬間にイメージが浮かびました。元は整形外科病院の建物で、3階はリハビリプールだった歴史を持っていて、光もよく入る。デザインの手数を間違えないようにすれば、この空間は確実に良くなると感じました。

ー「手数を間違わなければ」とは、どういうことですか?

例えば、『THE POOLSIDE』として出来上がった空間は、元からあったプールの縁を残しています。しかし、設計段階では運用上全ての縁を壊したほうがいいのではないかという議論もありました。
そこがリハビリプールだった痕跡をなくすとリノベーションをする意味がなくなるし、空間のPRポイントを無くしてしまいます。壊したほうがいいという視点に対して、どうやって残すかを丁寧に考えていきました。それに、壊す部分が少ないということは、後から作る部分が減るのでコスト的にもメリットがあります。

誰でもプールに入った経験はありますよね? ここでは、プールに行ってプールサイドに座るという体験が、まさにホテルの中でうまく再現できています。実際にホテルでプールサイドに座ったお客さんがSNSで発信するときに、誰でも「プールがカフェになった」という一言は出てくると思うんです。その言葉と空間を一致させるためには、もともと座っていた場所は座れたほうがいいし、プールの機能として必要だった縁は残したほうがいい。ただし、やりすぎるとつまらなくなる。痕跡の残しかたは、現場でかなり考えました。こういう設計上の手数を間違わないということです。

ーもとの病院らしさが残る白い空間ですが、気分が高揚してくる雰囲気もあります。

もともとプールのタイルが白かったのでそこから発想し、病院だった建物の歴史を匂わせる意図も入れて、白を基調としています。新しくしたものは、白のトーンを少し落としました。くすんだり塗装が剝がれていた既存の部分は磨いて、新旧の白のグラデーションを出しています。作っているときから、白を基調とした空間でも違和感はないだろうという確信はありました。
病院の痕跡で言えば、レントゲンの台が残っていました。そのまま残すか加工して使うかの議論は最後まであって、レセプションカウンターの背面で収納として使う、レントゲンの光を模してサインにするなどアイデアがありました。ただ、使うことが目的化すると本質を見失ってしまう。空間を良いものにするという目的がうまくいかなくなるので、線引きとしてやらない判断をしました。
ファサードには当時の病院のイニシャルのHかホスピタルのHか分かりませんが、Hというサインが残っています。建物が「KIRO 広島」になっても、ホテルのHやホスピタリティのHなど様々な意味に捉えられると考えて、そのまま残しました。意外と気付かれていない「KIRO 広島」のサインです。

ーTHE SHARE HOTELSは「ローカルの新しい魅力をシェアする」がコンセプトです。「KIRO 広島」はどこにコンセプトを読み取れますか?

客室の木材は色の濃いチェリーにして、二段ベッド・ロフトベッドには構造用合板で南国っぽさを出しました。瀬戸内という言葉から想起される温暖な地域のイメージを、素材や色で表現しています。共用部には叢の植栽が入り、家具はマルニ木工のライトウッドシリーズを使って、広島ローカルで構成しています。あと、僕が広島を訪れて印象に残ったのが海の波と山並みでした。”波打っている感じ”を設計として取り入れたくて、いろんなものを反復させて空間に散りばめています。訪れる方は、館内の”なみなみ”を見つけて楽しんでほしいです。

ユーモアのヒントは街の中にある

ー田中さんは、館内インテリアの色を決める過程でハイブランドのファッションカタログからカラーバランスの提案をしたと聞きました。THE SHARE HOTELSのプロジェクトで、ファッション誌が出てくるのは珍しいそうです。

ファッションは絶妙な色彩感覚とマテリアルの質感で勝負している世界でもあるので、僕は色の確認によくファッションカタログを使います。「KIRO 広島」の提案では、ロエベとバーバリーの素材と配色の話をしました。パリの設計事務所で働いていた頃は初めて扱う素材ばかり出てきて、「こんなので上手くいくのかな?先が見えているのかな?」という案件を経験してきました。それからは、仕上げを決めるときは必ず実際に使う素材と色彩を組み合わせて、モックアップ(実物に似せた実物大模型)を組んで確認しています。

ー田中さんはユーモアが大切だと発信しています。「KIRO 広島」の現場では、「デザインを脱臼させる」と表現していました。

洒落っ気……ユーモアは出したいですね。フランスだと少しエスプリ的な風刺をきかせる人もいますね。僕は、クスクスと笑うほどはやりませんが、ユーモアは大切だと思っています。
お笑いも好きでよく見るのですが、笑いはなぜ起きるのかというと常識だと思っていることがズレているときです。例えば人間と犬がいて、お笑いでは犬が上司で部下の人間が怒られるという現実世界ではあり得ないズレが面白かったりします。ずらし方が下手だと下品になりますが、うまくやれば上品なユーモアになる。ずらし方の絶妙な感覚を空間の中にも取り入れられたら、楽しくなると思うんです。笑う瞬間って緊張感が抜けてリラックスするから、空間の居心地の良さに繋がる。居心地が良いってことは去り難い空間になり、長く使ってもらえる場所になる。長く使ってもらえる場所はビジネス的にもいいです。
例えばKIRO 広島1階の『cicane -liquid stand-』には、スタンドの前にスツールがあります。図面だけ見ればコンパクトなスツールを置きたくなりますが、あえてボリュームのあるスツールを置いて既視感をずらして、人体で言うところの脱臼をさせています。ずらし方の手法はいろいろあります。

ー空間にユーモアを出すために、ズレの手法を溜めているのですか?

そうですね。アイデアは街の中にあります。街の中で誰かが作為を持たずに行動した結果、たまたま起きたズレを溜めています。例えば手袋の片方が落ちていて、誰かが何も思惑なくガードレールの先に挿しておく。その手袋を見てクスッとする感じ、こういう光景を見かけたら写真を撮っておきます。

観察と体験から別の視点を見出す

ー田中さんは、2003年から2年半パリの建築設計事務所で働いていました。そこで学んだことは、今の活動にどう作用していますか?

パリではラグジュアリーブランドの仕事をしていました。ラグジュアリーブランドは要求が強くて明確で、マーケティングとしての方針もあります。様々な要件を空間にどう落とし込み、売れるものにしていくかという視点が鍛えられました。「建築家は経済活動と空間の質を別で考えるべきで、経済視点で言及することは不純だ」という人もいますが、パリでは「そうではない」ことを叩き込まれました。この経験は今の仕事に活きています。ホテルの依頼が来たときも同じスタンスでやっていて、多くのお客さんが来て滞在中の満足度が高ければ高いほど、付加価値として宿泊料にプラスできると考えます。
僕は見積書を見るのが好きだし、大切だと思っています。結局、見積もりをまとめないと実空間を作れない現実があり、見積書の数字は現実をあらわしているからです。なぜ材料費はこの金額なのか、人件費は妥当なのか……判断するためのアンテナはずっと張っています。

ーパリで働いた経験を含め、センスはどう磨いてきましたか?

一般的にセンスがある・センスが無いと言いますが、空間的なセンスで言えばトレーニングと知識量で培うことができる後天的なものだと思っています。センスを磨くための教材は、空間の場合だと街のあらゆるところにあって何でも勉強のネタになります。一つひとつの所作・振る舞いの断片をまとめて束ねたものが生活で、それが設計上の判断の束になる。僕は暮らしている人の振る舞いを観察し、それを空間としてどう定着させるかを考えています。数年間パリの街の観察をしてきたので、他の人とは違う形で知識を蓄積した結果として、色や素材の独特な使い方ができていると思います。
一歩進んで、見たこともない良い設計までいくには、まずは型が必要です。型破りをするためには、まず型が無いと破れない。その型をどう身につけるかというと、知識を蓄える訓練をする。街の中に多種多様にある体験を積み重ねていけばセンスが磨かれて、観察するだけでは得られない別の視点が加わります。
この視点は設計する人だけでなく、誰でも活かせると思うんです。例えば『THE POOLSIDE』に来た時に、最初は「プールがあった」と思うだけかもしれないけれど、二度目に訪れた時は設計側の意図が汲み取れて、より『THE POOLSIDE』の空間を楽しめるようになる。そんな効果があると思います。

田中裕之さんの広島のお気に入り

ごみ処理を見学する谷口吉生建築

お気に入りの場所を一つ挙げるなら、『広島市環境局中工場』です。建築家の谷口吉生が設計したごみ焼却施設で、都市計画の視点から見ると、原爆ドームから広島平和記念資料館へまっすぐのびた軸線が延長されているのが特徴です。ごみ処理は生活にとって不可欠ですが、一般的には覆い隠しています。中工場は、全てをオープンにして処理を見学できる作りにしているのが面白いです。
カンヌ国際映画祭脚本賞など様々な賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー(2021・監督:濱口竜介)』のロケ地にもなっているので、ホテルのスタッフさんも見どころとしてお客さまに紹介しやすいのではないでしょうか。

船で移動して瀬戸内暮らしを体感してみる

広島のお気に入りの過ごし方は、瀬戸内の島を船で巡ってみること。僕も実際に船で島を巡って地元の人と話をしたり、暮らしを真似してみました。島に住んでいる方は、船で尾道に通勤・通学をしているんです。東京だと満員電車で通うけれど、瀬戸内の人たちは海の風を感じながら通うんだなと思いました。船の移動は、瀬戸内ならではを感じられておすすめです。

使い方いろいろ『NINJA PUNCH』

生口島に行った時に、宿の方におすすめのお土産を聞いたら『NINJA PUNCH』を教えてくれました。生の山椒の実を青唐辛子と塩で漬けている調味料です。山椒の痺れと唐辛子の辛さがクセになる美味しさで、餃子に付けたりして楽しんでいます。両親はかなり気に入ったようで、お取り寄せをしてリピーターになっています。

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