アンダルシアの伝統菓子「ポルボロン」
~ほろりほどける幸せのひと口~

立教大学卒業後、株式会社バーニーズジャパンに入社。アパレル業界を経てパティシエに転身。ザ・ペニンシュラホテルのフレンチレストランやパティスリーなどで修行を積んだ後、会員制レストランでシェフパティシエに就任。退職後は約1年にわたり世界各地でお菓子を作る旅へ。これまで50カ国以上を訪れ、500種類以上の世界のおやつを学んだ経験をもとに、お菓子ブランド「世界のおやつ」を主宰。企業や自治体、大使館などのプロモーション、レシピ開発、ワークショップ講師、お菓子ケータリングなどを通して、旅とお菓子のストーリーを届けている。
本シリーズでは、鈴木文さんが主宰する「SEKAI NO OYATSU」とともに、世界各地で受け継がれてきたおやつを紹介します。その国の歴史や文化が息づくひと口には、暮らしの多様性や人々の想いが込められています。読むだけで旅気分を味わえ、台所で実際に作れば、その国の暮らしをちょっと身近に体験することができるかもしれません。
第1回で取り上げるのは、文さんがスペインを旅したときに出会った「ポルボロン」という小さな焼き菓子。素朴な紙に包まれたクッキーをひと口かじると、粉雪のようにほろほろと崩れていく。口の中で形を保てるわずかなあいだに「ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン」と3回唱えると願いが叶う——そんな言い伝えも伝わる、幸せのおやつです。
修道院から生まれた、暮らしに根づくお菓子
今回ご紹介するのは、寒い季節にぴったりの味わいに仕上げた、スペインの伝統菓子「ポルボロン」の秋冬アレンジレシピです。
イスラム文化の影響を色濃く残すアンダルシア地方では、古くから修道院を中心に菓子づくりが行われてきました。オーブンが一般家庭に普及する以前、人びとは小麦や卵を修道院に納め、その材料でつくられる焼き菓子を受け取っていたといいます。ポルボロンもそのひとつ。クリスマスや結婚式など祝いの席に欠かせない菓子として、今ではスペイン全土で親しまれています。
「観光客向けのお菓子ではなく、地元の人たちが当たり前のように食べているのを見て、暮らしに根づいたお菓子なんだと感じました」と、文さんは振り返ります。スペインのパティスリーで教わったポルボロンの作り方とその味わいは、いまも鮮明に記憶に残っているそうです。
ポルボロンといえばバニラ風味が一般的ですが、今回は秋冬仕様にカカオパウダーを加えてビターに仕上げ、そこにメープルシロップのやさしい甘さを忍ばせました。さらにピーカンナッツを加えれば、カリカリとした食感がアクセントになります。
「シュトレンや、クリスマスのホールケーキよりも気軽に作れるし、ラッピングして贈ると特別感が出るんです。お菓子を手渡すとき、“あなたのために時間をかけた”というメッセージが自然に伝わると思います」
【レシピ】カカオとメープルのポルボロン
■材料(直径4cmのクッキー 約20個分)
・薄力粉 130g(ロースト後110g使用)
・アーモンドパウダー 55g
・粉糖 60g
・無塩バター 50g
・ラード 50g
・カカオパウダー 12g
・メープルオイル 4g(バニラオイルでも可)
・お好みでピーカンナッツ 適量
■下準備
・薄力粉をふるって天板に広げ、きな粉色手前になるまでロースト(190℃で15〜30分)する
・ピーカンナッツを細かく砕いておく
■つくりかた
1.室温に戻したバターをゴムベラで練り、ラードとメープルオイルを加えてなめらかにする
2.粉糖を加えて混ぜ、さらにアーモンドパウダー、カカオパウダー+ロースト小麦粉を順に加え、よく混ぜる
3.生地をラップ(ジッパー付き袋でも可)で包み、1cm厚にのばして冷蔵または冷凍で10分以上冷やす
4.型で抜き、170℃に予熱したオーブンで20分焼く
5.完全に冷めたら、仕上げにカカオパウダーや粉糖をまぶす
■おうちで作るコツ
・薄力粉は「スーパーバイオレット」を使うとより儚い食感に
・バターはコクを、ラードは軽さを生む。どちらか一方でも作れるが、両方使うと奥行きが出る
・室温の高さで生地が柔らかくなりすぎたら、一度冷やしてから再作業をするとよい
暮らしに小さな祝祭感を
ポルボロンという名前は、スペイン語の「polvo(粉)」に由来します。その名のとおり、口に入れると一瞬で粉のように崩れてしまう繊細さが魅力です。だからこそ、崩れる前におまじないを唱える遊び心と結びつき、祝いの席で分かち合うお菓子として親しまれてきました。
「おやつはただの甘いものじゃなく、誰かに気持ちを運ぶ手段だと思っています。ポルボロンはシンプルだけど特別感があって、贈りものとして手渡すのにぴったり。暮らしにちょっとした祝祭感を添えてくれるお菓子だと思います」
10月、街の空気が少しずつ冬に向かうこの季節。遠いアンダルシアから届いた物語を思い出しながら、ポルボロンを焼いて、大切な人に手渡してみてはいかがでしょうか。