建築家 谷尻誠さん・吉田愛さんトークイベントレポート
豊かさの本質から考える、暮らす・働く・遊ぶの融合
谷尻誠、吉田愛率いる建築設計事務所。広島・東京の2か所を拠点とし、住宅、商業空間、会場構成、ランドスケープ、プロダクト、インスタレーションなど、国内外で幅広い分野のプロジェクトを多数手がける。
近年の代表作に「NOT A HOTEL NASU」「千駄ヶ谷駅前公衆トイレ」「虎ノ門横丁」など。「松本本箱」でiF DESIGN AWARD 2022、 「ONOMICHI U2」で中国建築大賞2015大賞、「今治のオフィス」で第一回JIA四国建築賞大賞を受賞するなど、受賞歴多数。
最近では、東京事務所併設の「社食堂」「BIRD BATH & KIOSK」「絶景不動産」を開業するなど活動の幅も広がっている。
2018年9月にオープンした、暮らしを自由にするオフィス『12 SHINJUKU』が、2023年3月末にクローズしました。約4年半の感謝の気持ちを込めて、これまでの入居者の方や関係者などをお呼びしたイベント『12 SHINJUKU【THE FINAL EVENT】』を開催。
今回は、イベントの中でご登壇いただいたSUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠さんと吉田愛さんによるトークショーの様子をお届けします。『12 SHINJUKU』のデザインを手掛けてくださったお二人は、コロナ禍を経て暮らし方や働き方にどのような変化があったのでしょうか?
豊かさの本質に気づき、“消耗しない仕事のあり方”を模索
井上:コロナを経験して、この数年でご自身の考え方や行動などに変化はありましたか?
谷尻:あんまり仕事ばかりしていちゃダメだなと思うようになりましたね(笑)。もともと仕事は好きだし、遊びも大事にはしていたけど、「仕事量を減らすとこんなにも豊かなんだな」と気づきました。経済的な不安は生じるかもしれないけど、それでも「本当の豊かさって何だろう」と考えるいいきっかけになりました。
僕たちはホテルやオフィスを多く手掛けてきたので、コロナで仕事がほぼ止まってしまい、3年前は事業を畳むことも考えていたんですよ。でも事務所を開業した20年前を思い返すと、仕事どころかお金もないし、家もボロかったのに毎日ワクワクしていたんですよね。「こんなことでうろたえていちゃダメだな」「世の中の流れに左右されないように、これからは自分で事業を作っていこう」と思考を切り替えるようになっていきました。
吉田:コロナ前は、雑誌に載ったり海外で仕事ができるようになったりと、拡大や成長を感じられることがたのしかったんです。でも、それがバタッと止まったときに「何のためにやってきたのかな?」と考えるようになって。「これまで仕事をすごくがんばってきたけど、生活のことをおざなりにしてきたんだな」と気づきました。
そこから東京と鎌倉の二拠点生活をはじめて、庭の手入れをしたり近所のおばあちゃんたちと物々交換をしたり。一緒に梅酒などを作るうちに「こういう時間こそが豊かさなんだな」と感じられるようになりましたね。
いままでは自分たちを消耗してしまっていたのかもしれません。「いま」という時間を精一杯たのしむためにも、頼まれた仕事をただ引き受けるのではなく、趣味と仕事の領域を分けずに自発的にプロジェクトを作ろうという考え方に変わりました。
昔からあるモノと、現代の機能を掛け合わせて、不便さをたのしむ
井上:谷尻さんはキャンプ、吉田さんは食や旅など、ご自身の興味のあることで新会社を設立されていますよね。谷尻さんが関わっていらっしゃる、株式会社DAICHIの「ネイチャーデベロップメント」という考え方が印象的です。
谷尻:建築家として環境のことを考える上で、自然を感じてもらえるような建築って大事だなと思っています。普通のプロジェクトだと「エアコンをなくしませんか?」と提案しても「あったほうが便利だと思います」と返されてしまうことって結構あるんですよ。
でも、例えば宿泊施設にエアコンを設置しなければ、暑い日に窓を開けて風を感じることもできるし、川や海に入って涼むこともできる。キャンプに行くと体感できるけど、僕は火や水や風などを利用して温めたり冷やしたりする行為そのものに、豊かさが詰まっていると思うんです。建物に機能を増やすと便利にはなるけど体験が減ってしまうので、他のデベロッパーができないことをDAICHIで挑戦していきたいですね。
吉田:会員制の貸別荘の『DAICHI ISUMI』のリビングには蟹がいるんだもんね(笑)。
谷尻:そう、目の前に川が流れていて、海も近いから入ってきちゃう(笑)。冬もエアコンがないので、薪ストーブだけで暖をとっています。そのぶん寒冷地以上に、断熱や換気のことを考えながら建物を作っていますけどね。
やっぱり「不便益」ってあると思うんです。エアコンのボタン1つで温度が変わっても、それって当たり前だし何にも感謝できないじゃないですか。自分の手でやるからこそ面白いし、これからよりそういう体験が重要になる気がするので、共感してくださる方に足を運んでいただけたら嬉しいです。
好きな土地に居場所を作り、自分なりの創造性を発揮する
井上:コロナで暮らし方や働き方が変わり、これからさらに加速していきそうですが、お二人は今後どんなふうに過ごしていきたいですか?
吉田:私は、3年前に奄美大島を訪れたときに「ここだ!」と感じたので土地を買いました。多拠点にはなりますが、自分の居場所って1つじゃなくてもいいと思うんですよね。鎌倉には気の合う人が集まっているし、奄美大島に帰ると声を掛けてくれる人たちがいる。各地にコミュニティができるとたのしいし、これからは旅をするように生きることができる時代になると思います。
自分の気持ちに正直になったとき「好きなアートや家具の分野を突き詰めて仕事にしたいな」とも思ったので、奄美大島の建物をアーティストレジデンスやギャラリーのように使うことで、生活のたのしみや豊かさと絡めながら場を作っていきたいです。
谷尻:僕は趣味の釣りやスノーボードで北海道へ足を運ぶうちに、美瑛が好きになったので、別荘兼事務所を建てられる土地を買いました。いまは東京に自宅がありますが、雪の季節に北海道へ行って、それ以外は東京で暮らすとか、子どもも毎回転校したらいいんじゃないかなって。
井上:手続きをして各拠点を行き来する、留学のような形ですね。
谷尻:はい。美瑛では4万平米の土地を購入したので、20組ほど集めて、畑を耕し井戸を掘り、すぐそばの川で魚を釣って暮らすような、自給自足できる村を作りたいなと考えています。
谷尻:都内にいると、どうしても知性ばかりを使ってビジネスしないといけないですよね。これをずっと続けるのは正直疲れますし、悲しいけれどいつかは「あの人たちのデザインって古いよね」と言われる時代もくると思うので。自給自足の田舎暮らしで、経済のしがらみから解放された上で、農業とクリエイティブを掛け合わせた6次産業ができたらいいですね。
吉田:これまでは、東京でがんばって高い家賃を払って、たくさんのスタッフを抱えてきて……それはそれで面白かったけど、最近「あれもこれもやらなきゃいけない」と勝手に背負い込んでいたものをおろしてもいいのかなと気づきはじめました。
谷尻:やらされていることよりも、やりたいことで生きていないともったいないよね。都市にいると「経済活動しないといけない」とか、つい労働集約型の思考になりがちだけど、年を重ねると労働時間は短くなっていくはずで。だったら、自分たちの労働と経済を紐付けるんじゃなくて、建物を立てて建物に働いてもらったほうがいいと思うんですよ。
これからAIが働く時代にもなってくるので、もう少し頭を使って「何ができるのだろう」と考えられると、働き方も暮らし方もより自由になるんじゃないかなと思います。
懇親会ののち、イベントは終了。スノーボードを趣味にしている谷尻さんは、ゲレンデに向かう途中で、事業のための土地を探しているのだとか。旅が好きな吉田さんは、素晴らしい景色を持つ土地のポテンシャルを引き出す、絶景不動産という会社も経営されているそうです。
「遊んでいるのか、働いているのか、暮らしているのか分からないけれど、好きなことに取り組んでいるとそれがポートフォリオになって、仕事を依頼してもらえるんですよ」と軽やかに楽しそうに話すお二人。
コロナを経験したからこそ、それがターニングポイントとなって、これからの暮らし方や働き方はもっと柔軟になっていくのではないでしょうか。
12 SHINJUKU【THE FINAL EVENT】