くるみの木代表 石村由起子さんインタビュー
奈良の「よう来たねえ」を感じる旅
MIROKU 奈良
香川県高松市生まれ。1983年にカフェ・雑貨店『くるみの木(奈良市法蓮町)』をオープンし、全国から人が集まる人気店へ成長させる。その後、奈良観光案内施設『鹿の舟(同市井上町)』、故郷の高松市に『まちのシューレ963(高松市丸亀町)』をプロデュースするなど幅広く事業を手がける。現在は奈良を拠点に、日本各地で地域活性拠点や、商業施設のプロデュースを行なっている。『私は夢中で夢をみた(文藝春秋・2009)』『自分という木の育て方(平凡社・2019)』など著書多数。
2021年9月16日、奈良に「KUMU 金沢」や「KAIKA 東京」をはじめ、ローカルの新しい魅力をシェアすることをコンセプトに展開するライフスタイルホテル THE SHARE HOTELSの9号店「MIROKU 奈良」がオープンします。食事の監修は、「くるみの木」が手がけました。「くるみの木」は丁寧で美味しい料理と気持ちのいい接客、居心地の良い空間で県外からも多くの人が訪れる人気店。代表の石村由起子さんにホテル開業の3ヶ月前に行ったインタビューでは、「MIROKU 奈良」で提供を検討している、旅行中の体を元気にする奈良食材の朝ごはんについても語っていただきました。全身全霊で「くるみの木」に打ち込んできた石村さんの言葉は、温かな情の深さと波紋のように広がる御縁への感謝にあふれていました。
「MIROKU 奈良」には、建物の持っている最高の景色がある
ーー「MIROKU 奈良」は荒池に隣接していて、ならまちエリアと奈良公園の間にあります。石村さんは、あの場所を見てどう感じましたか?
最高の場所だと思います。実は、「MIROKU 奈良」ができる前にあの建物が気になって見に行ったことがあるんです。あの場所は、一面の緑を見渡す最高の景色があります。そこに鹿の親子が遊びに来る、とてものどかでおおらかな奈良らしさを感じることのできる場所です。奈良には良いホテルがたくさんありますが、「MIROKU 奈良」は、県内でも最上の景色があるのだから、ホテル自体も良いものにしないといけない。そういう立地だと思います。
ーー「くるみの木」は、奈良の中心地から少し離れた線路沿いにある小さな建物でしたが、多くの人が集まる場所になりました。石村さんは場所との出会い方に長けていると感じます。
今まで御縁があった場所に共通するのは、そばに植物・緑があることです。自然豊かな土地で生まれ育ったからか、私にとって緑はとても身近なもので、見ているだけで気持ちが良くなったり、心が穏やかになるので、緑には何にもかなわない力があるんだな、と常々思っています。「くるみの木」がある場所も、オープン当時はあたり一面が田んぼで、運転していても田んぼの中を走っているような場所でした。美しい緑に囲まれて、ポツンと佇んでいた、という印象です。あれから38年、周辺の環境がどんどん変わり、田んぼは姿を消してしまいましたが、店の敷地にいろいろな植物を植えていて、気がつけば、四季折々に花や果実が楽しめる、オープン当時と同じように緑に囲まれた建物になっていました。
2年前に古い家屋を修復して住み始めた自宅には、草原が広がっています。修復を担当してくださった建築家の方が、この草原を一面に眺められるようにと壁を抜いて大きな窓にしてくれました。遊びに来たお客様が、「草の海だね」と言ったとおり、風が吹くと波のように草がうねって、まるで海のよう。緑が好きな私の事ですから、ずっと見ていても飽きることはありません。奈良には、奈良公園や平城宮跡など、広々とした草原があって、人も動物も、それぞれ自由に歩き回っています。しっかりした柵に囲まれているわけでもなく、いつも開放されていて、「どなたも、よかったらどうぞ」と受け入れてくれるような懐の深さを感じるのです。その中にお寺や神社が点在し、人々の祈りを受け入れ癒してきた空気感が、都があった1300年以上前から脈々と奈良の町に繋がっている。自宅でぼんやり窓の外を眺めていると、そんな奈良の景色と重なり、奈良っていいなぁ、と思います。「MIROKU 奈良」の1Fの窓からも、一面の緑が見えますよね。興福寺の五重塔がすぐ近くに見える部屋もあります。まさに奈良の町の懐の深さを感じられる、奈良っていいなぁ、と思える景色です。
旅行中の体を元気にする奈良食材の朝ごはん
ーー「MIROKU 奈良」の食事は「くるみの木」が監修します。どんな食風景が生まれるのか、楽しみです。
せっかく奈良に泊まっていただくのですから、奈良を感じていただきたいと、地元の食材をふんだんに取り入れた朝食を考えています。和食は、良質な脂が適度に入った大和ポークと地元野菜をセイロで蒸しあげたり、一本一本丁寧に手焼きで作る大和麩を使うなど、滋養に満ちた時間を楽しんでいただけることを願って作りました。洋食には、奈良のハーブなどを練り込んだソーセージに、たっぷりのサラダ、朝から元気をチャージしていただき、それぞれの目的地に出かけ、楽しんでいただけますように、という思いが詰まっています。
奈良には美味しいお店がたくさんありますので、それぞれのお好みに合わせて夕食を楽しんでいただけると思います。ここ数年、実力のある若い料理人が奈良で始められたお店が何軒もあり、食を目当てにご遠方から来られる方も増えました。「奈良にうまいものあり」がじわじわと浸透しつつあることが、奈良に住む私にとっては嬉しい限りです。「MIROKU 奈良」では、美味しい夜食を考えています。三輪の素麺を使ったにゅうめんは夜食にピッタリ。何を合わせると喜んでいただけるかな、といろいろ思案しています。
ーーお客さんの笑顔を大切にしてきたくるみの木と、THE SHARE HOTELSの”ローカルの新しい魅力をシェアする”という思いが混ざり合った食事。実現したら奈良の滞在時間がさらに豊かになりそうです。
「くるみの木」は、まだ若かった私が、何の経験もないところから一人で始めた店です。カフェという言葉が奈良はおろか、都会でもそこまで理解されていなかった時代に、奈良にゆかりもなく、観光地から外れた場所でやっていくのですから、それはもう必死で、お客様に喜んでいただくために自分が良いと確信できることは全て実行してきました。幼い頃から一緒にいた祖母から教わった暮らしの知恵の中には、店でも実践していることがあります。祖母は庭で採れた果物をお酒に漬けていて、私も同じように漬けた果実酒を店にも並べています。ビンの中のいろいろな形や色の果物がきれいで、お客様からも「家でも作ってみます」「これは何の果物ですか?」などお声をかけていただくこともあります。また、「くるみの木」の焼菓子は、学校から帰った私に祖母が作ってくれたお菓子をベースに何度も試作を重ねてできたものです。オープン当初から同じレシピで作り続け、今でも世代を問わず愛される人気商品です。明治生まれの祖母がやっていたことが、今、お客様に喜んでいただけている、それを考えると、古くて新しい魅力ってあるんだなとつくづく思いますね。
THE SHARE HOTELSさんが全国で展開されている宿泊施設は、どこも既存の建物を素晴らしいリノベーションで生まれ変わらせておられますよね。THE SHARE HOTELSさんの目線を通した、その土地の魅力を、ビジターだけでなく、地元の人にも見せてくれる。建物やお部屋はもちろんですが、隅々まで”ローカルの新しい魅力をシェアする“という心意気が行きわたっていると思います。
※メニュー考案中のインタビュー内容となり、実際の提供メニューとは異なる場合があります。
御縁は重なって増えていくから、人生は楽しい
ーー石村さんは、三重県にオープンした複合施設VISONでミュージアム『くるみの木 暮らしの参考室』を手がけました。最近の石村さんは、奈良の枠を外して活動の場を広げているように感じます。
基本的に人に会いに行くのが好きなんです。少しでも時間があれば、全国、時には国外にでも、できるだけ作り手を訪ね、どんな風に作られているのかを見て、お話を伺いたいと思っています。だからこんなに素晴らしいんだ、とお客様にもお伝えしたいし…。それで広がる御縁がまた嬉しくて。「くるみの木 暮らしの参考室」は、これまで出会った沢山の御縁が集結したような場所になりました。新しい場所で、また素敵な御縁が広がっていけばいいな、と思っています。奈良には、店を育てていただいたという格別な想いがあります。そんな奈良にご恩返しがしたい、という気持ちで、2015年にオープンした奈良市の観光案内施設「鹿の舟」のプロデュースをしています。奈良を訪れる方も、奈良に暮らす方も、一緒に大きな舟に乗って未来に向かって進んでいく、というイメージです。まさに、“古くて新しい魅力”が詰まった奈良を、私たちらしく、これからも発信し続けていきたいと考えています。
ーー店舗運営から、「MIROKU 奈良」のように監修やプロデュースに向かうのでしょうか?
約10年前に故郷の高松で「まちのシューレ963」をプロデュースさせていただき、それ以来、監修やまちづくりのお手伝いのご依頼をいただくことが多くなりました。こういう仕事は、時間をかけて、多くの方が関わって作り上げていくものが多いですよね。必然的にまた御縁が広がっていきます。別々の仕事で知り合った方を、紹介したり、していただいたり、会いたいと願っていた人と思いがけず同じチームの一員として出会ったり。そうして人と人との化学反応が起きて、常識を超えた新しい何かを生み出すことに繋がるかもしれない、と考えるとワクワクするのです。これまでの御縁がどんどん重なって増えていくのが、今の私の年齢なのかもしれません。「くるみの木」をオープンした38年前とは、社会のシステムも人々の価値観も大きく変化し多様化しています。その中で、私の経験がお役に立てるような御縁があるのでしたら、是非ご協力したいと考えています。またそこから御縁が広がっていくと考えると、楽しくて素敵ですよね。
暮らしの中にある古の風景、変わらない奈良
ーー石村さんは40年近く、奈良を生活の拠点にしてきました。奈良はどんなふうに変化しましたか?
私の中では、奈良は変わっていないんです。道がきれいになり新しい建物が建っても、奈良には宝があって、その宝が大きすぎるから変わったように見えない。これからも宝は守っていきたいし、新しいことを始めても守ってほしいと思っています。私は、奈良は日本の宝物だと思っていますから。
京都が格の高い古を感じる街で「ようお越しやした」だとすると、奈良は日本の原風景があって「よう来たねえ」という感じ。京都はしっかりと物申す人がいて、これは悪い意味ではなく、そういう人がいるからどんどん繁栄していく。一方で奈良はひそやかというか、人柄も含めて前に出ようとしない気質があるように感じます。奈良の人にとっては、歴史ある寺社仏閣は毎日境内を歩く場所で、暮らしの中にある存在として大切にしています。古いものはいつか崩れてしまうけれど、奈良はギリギリまで崩れたままおいておくことが多いように感じています。奈良の古の良さを最後まで目に焼き付けてほしいという思いがこもっているし、とても素敵なことです。鹿が公園でくつろぎ、信号を渡って町を歩く風景も、この先30年も50年も変わらないでしょう。親子連れの鹿が信号を渡る風景は、最高です。自慢しすぎだと言われるかもしれないけれど、奈良は本当に奥が深くて素晴らしい場所なんです。
石村由起子さんの奈良のお気に入り
南部には「よう来たねえ」と言ってくれる場所がある
飛鳥歴史公園の石舞台地区は、奈良市内とは違う古の世界が見られます。歴史公園の中にある日本最大の方墳『石舞台古墳』は、大きさにびっくりすると思います。奈良は日本の始まりの場所で、それを感じられる風景が残っているんですね。時間があるなら、もう少し南下して吉野に行くのもおすすめです。「よう来たねえ」と言ってくれる風景に出会えると思います。
行き帰り別ルートで東大寺二月堂を楽しむ
まずは早起きして二月堂に行って(私の場合は5時起きです(笑))、二月堂から奈良を眺めてみてください。二月堂が素晴らしいのは、24時間いつでも行けることです。二月堂は、おおらかに「いつでも来てください」というスタンスでいてくれます。MIROKU奈良から猿沢池のほとりをぐるりと周って、興福寺を見ながら二月堂に行って、帰りはささやきの小径を散歩しながら帰ってくるのがおすすめです。チェックアウトして駅まで行くルートは、ぜひ商店街を歩いてほしいです。商店街は町そのものですから、寺社仏閣とは違った奈良の文化を感じられると思います。
個性豊かな奈良の和菓子に舌鼓
萬々堂通則のぶと饅頭は、遣唐使が持ち帰ったと伝えられる”ぶと”を銘菓にした歴史あるお菓子です。江戸時代末期に創業した萬々堂さんが代々伝えてきた味で、米粉を揚げたもっちりとした食感で美味しいです。樫舎のお菓子もおすすめです。旬の食材を使って、素材の良さを引き出したお菓子を作っています。季節によって出ているお菓子が違うので、訪れた時期ならではの味を楽しんでください。