社員よし・会社よし・地域よし。
まちの企業寮「ZiNOBA」に学ぶ、
「企業寮3.0」の可能性
「まちづくりとのくらし」では、これまでにリビタと関わった自治体や、まちづくりに携わる人々との対談や取材を通して、暮らしにまつわる可能性を様々な切り口から発信していく予定です。
本シリーズの第五弾は、まちの企業寮「ZiNOBA(ジノバ)」から考える「まちづくりとのくらし」です。
「ZiNOBA」は、秋田県由利本荘市にある電子部品大手TDK株式会社の寮。“まちの企業寮”をコンセプトに、2023年9月にオープンしました。
今回は、そんな「ZiNOBA」が生まれた背景や、「地域にひらかれた企業寮」の可能性を、関係者の話から紐解いていきます。
プロフィール
中杉 仁一|TDK株式会社 総務本部 秋田・庄内総務部
東京都出身。食品メーカーで食品プラントの建設プロジェクトやエネルギー管理に従事。TDKへ入社後、生産技術開発部門で装置設計の経験を経て、現職。工場等の建設プロジェクトに携わる一方、TDK歴史みらい館やTDK Guest Houseそして社員寮など、企業価値を高める施設プロジェクトを、数々と務める。
西山 尚子|株式会社スペース 商環境研究所 デザイン室
内装設計施工会社のデザイナー、ホテルの開発プロデュース業務を経て、2022年株式会社スペースに入社。商業施設・サービス空間など多岐の領域にわたり、施設運営により添った空間デザインの提案と設計を行っている。
増田 亜斗夢|株式会社リビタ 地域連携事業部
2012年より都市計画コンサルタント事務所にて、官公庁・UR等を中心に地域活性化に向けた戦略検討等のプロジェクトを行う。2017年リビタへ入社後、「働く」「学ぶ」「遊ぶ」などを軸としたシェアスペース等の企画・運営・コンテンツ企画を地方・都心関わらず行っており、茨城県の移住促進事業(if design project)や新潟駅前の複合型シェアスペースMOYORe:のプロジェクト推進等を務める。
まちの企業寮「ZiNOBA」
暑さもやわらいできた9月末のある日、秋田県由利本荘市のとある場所に、800人以上の人が訪れ、賑わいをみせていました。
開放的なスペースで、音楽の演奏やトークイベント、マルシェ、地元の食材を使ったフードの提供が。はじめて訪れた方は、ここが会社の寮だとはにわかに信じられなかったかもしれません。
その場所とは、電子部品大手TDK株式会社(以下、TDK)の企業寮「ZiNOBA」。この日は敷地内で、寮のオープニングイベント『ZiNOBA OPENING FES!!!』が開催されていました。
JR羽越本線・羽後本荘駅からおよそ1.5kmの場所にあるのが「ZiNOBA」。敷地内には、住居棟が11棟(351室)と社員食堂やコミュニティルーム、スポーツジム、コインランドリーを備えた共用棟があり、プライバシーとコミュニケーションの両方を尊重することを目指した施設構成となっています。
「ZiNOBA」の大きな特徴は、“まちの企業寮”というコンセプトにあらわれているように、共用棟が地域にひらかれていること。社員食堂は平日のお昼どきには地域レストランとして地域住民も利用でき、共用スペースは、テレワークの作業場所としても開放、スポーツジムやコインランドリーも使うことができます。
食堂は県内産の新鮮な食材にもこだわり、施設で使われる電気の多くを県内で発電された自然エネルギーでまかなうなど、食やエネルギーの地産地消も実現しています。
地域とのつながりは、それだけではありません。企業寮の計画をきっかけに、官民連携で取り組む「一番堰まちづくりプロジェクト」が発足し、周辺エリアも一体となった整備を進めています。今後寮のまわりに、特別養護老人ホームや学校、病院ができ、多世代が集うエリアになっていく予定です。
採用強化に向け、着目した「住居の整備」
全国的にも珍しい、地域にひらかれた企業寮。誕生の背景にあったのは、この地域での持続的な事業成長に向けた優秀な人材確保、そして雇用定着というTDKが直面していた課題でした。
世界30以上の国や地域に250カ所以上の拠点を持ち、従業員数はグローバルで約10万人という規模を誇るTDK。創業者・齋藤憲三が秋田県にかほ市出身ということもあり、にかほ市やその隣の由利本荘市周辺には国内最大の生産拠点を構え、この周辺地域で約7,000人の従業員が働いています。(2023年6月末現在)
しかし近年では、地域の人口が減少。とくに今後新卒での入社が見込まれる若年層の人口減少が予想されています。
地域内外で人材を確保するために採用強化を進めるTDK。そこで、大切だったのが、安心快適な住環境整備でした。TDKで企業寮開発プロジェクトを担当してきた中杉仁一さんは、こう振り返ります。
中杉:「人口減少の中でも増員が求められ、より県外からの採用拡大が必要だった一方で、地元には多くの若者を受け入れられる住宅が少ないという課題がありました。かつては、企業寮に注力するという文化が社内にはなかったのですが、時代の変化や、せっかく秋田に来たからには楽しい生活を送って欲しいという想いを持ったことから、企業寮開発の検討をスタートしました。」
地域に貢献する企業寮にしたい
地域貢献への強い想いも、この企業寮づくりを後押ししました。
TDKはそのなりたちから、秋田と深い関わりがあります。
創業からおよそ90年弱。創業者である齋藤憲三の「秋田を豊かにする」という夢は、現代のTDKにも引き継がれています。これまで、地元のスポーツチームへの協賛や子供むけのエレクトロ二クス体験教室など、積極的な地域貢献活動を続けてきました。
あらたな企業寮は、国内外からここに集い、地域に触れ合える場所にしたいー。そんな声がTDK社内からあがってきたのは、自然な流れだったのかもしれません。
運営や地域連携の知見があるパートナーの必要性
採用の課題と地域貢献への思い。ふたつが追い風となり、TDKでは企業寮開発プロジェクトがスタートしました。
若手社員による寮づくりワークショップやアンケート、地域企業・行政との意見交換会も実施。多くのアイデアが集まり、構想がかたまってきました。
しかし、プロジェクトを取りまとめる中杉さんは不安を感じていたと言います。
中杉:「企業寮開発を進める我々プロジェクトチームは、寮づくりはもちろん、地域と連携したプロジェクトも未経験。TDKトップからは『施設づくりより、運営の方が10倍大切』と釘を刺され、竣工後の運営にも課題を感じていました」
運営や地域連携について知見のある外部パートナーの必要性を痛切に感じていた中杉さん。そんなときに頭に浮かんだのが、株式会社リビタ(以下、リビタ)でした。
中杉さんたち企業寮開発プロジェクトのメンバーは、各地の企業寮や共同住宅を視察していました。そのなかで、京王グループの若手社員連携の機会創出のための企業寮「KO-LAB.」や複数企業の利用を前提としたシェア型企業寮「月島荘」の企画・運営コンサルティングを手がけてきたリビタと出会っていたのです。
中杉さんは、リビタが運営する施設への視察が強く印象に残っていると言います。
中杉:「数年にわたり何度も視察に伺わせていただいたのですが、どの施設でも居心地の良さを感じ、建てて終わりではなく、その後の運営も見据えた企画・コンサルに取り組んでいることが伝わってきました。それに、新潟や茨城などで地域と連携した取り組みにも関わっていて。そういった意味でも、我々が目指したい企業寮の方向性とリビタさんが持っている知見は合致するな、と感じたんです」
「企業寮3.0」という、あたらしい企業寮のかたち
TDKの企業寮開発プロジェクトで、企画・運営コンサルティングを担うことになったリビタ。プロジェクトの担当者になった増田亜斗夢は、あらためてTDKの社員にアンケートやヒアリングをすることに。すると、次第に課題が見えてきました。
増田:「『地域貢献』への強い想いと、プライバシーや心地よさが配慮された『良い住環境』を提供したいという想いがあるものの、それをどう両立し、企画やそのコンセプトで体現するか?ということが課題でした」
そこで増田は、「地域貢献」と「良い住環境」の両条件を整理。安心安全な住まいであり、人材育成の場でもあり、さらには地域貢献の場にもなるような「企業寮3.0」という企業寮の新たなかたちを提案します。
「企業寮3.0」の構想をもとに提案したのが、まちの企業寮「ZiNOBA(ジノバ)」というコンセプトでした。
モチーフにしたのは、磁性材料フェライト。TDK創業のきっかけとなった材料です。引きつけ合う「引力」と、外に飛ばす「斥力」をあわせ持つ磁性材料の特質になぞらえて、「『地域と企業』『産官学』『グローバルとローカル』がつながると同時に、社員が地域や世界に飛び出していく。そんな『磁場』を持った場所になるように」ーー。こうした思いを、「ZiNOBA」という名称に込めました。
「提案を聞いた社員は、みんな感動していました」と、中杉さんは振り返ります。
中杉:「このコンセプトなら、みんな愛着も持てますし、説明もしやすい。実は社内で『ZiNOBAをブランド化しよう!』という声が上がって、商標登録もしたくらい、みんな気に入っているんですよ(笑)」
ひらかれた企業寮のための空間デザイン
地域にひらかれた企業寮をつくるために、共用棟の役割は重要でした。
そこでリビタが提案したのが、「まちのシェアスペース」としての共用棟。その名も「ジバノジバ」です。食堂やラウンジは地域の人々にも開放し、スポーツジムは社員だけでなく、地域の人々の健康増進にも寄与するものに。市民活動の場として使うことも期待されたレンタルルーム(部室)も設けられました。
共用棟を地域にひらかれたものにするためには、空間の設計も非常に重要な要素。しかし、当初TDKが構想していた案は、施設の内と外が明確に区切られたものになっていました。
そこで、リビタと連携しながら「ジバノジバ」の空間デザインを手がけた株式会社スペースの西山尚子さんは、案の見直しに着手。「特に意識したのは、『柔軟さ』と『オープンさ』、そして『居心地の良さ』だった」といいます。
西山:「広場に面した窓は、開閉可能に。窓を開放すれば、屋外と屋内をひとつの空間にすることできます。そうすることで、マルシェイベントの開催など、多様な用途にもこたえられる柔軟性を持ったつくりとなりました。」
西山:「また、屋外と屋内の境界を明確にしないことで「オープンさ」も実現。地域の人々に「近所のスーパーに行くくらいの、日常の延長線上で訪れてほしい」という思いから、日本家屋における土間をイメージした空間を演出しました。」
さらに、TDKへのヒアリングで出てきた「秋田は冬が長く、屋内にこもりがちになるから、冷たい印象がなく飽きがこない空間にしてほしい」という声をもとに、素材も温かみがあるものを選んだそう。
こうして完成した共有棟「ジバノジバ」。中杉さんによれば、はやくも社員、地域の人、それぞれから好意的に受け止められているようです。
中杉:「寮に住んでる人は『居心地が最高です!』と喜んでいます。すでに食堂も地域の方にご利用いただいていて、ラウンジではおばあちゃんたちが井戸端会議をしていたり、高校生が勉強していたりする姿もあります。『ジバノジバ』に入ると、みんないい笑顔になりますね」
「地域にひらかれた企業寮」の可能性
リビタの増田は、「ZiNOBA」のプロジェクトを通して、「地域にひらかれた企業寮」に大きな可能性を感じていました。
安心安全な住まいであり、人材育成の場でもあり、そして地域貢献の場にもなるような「企業寮3.0」は、他の地域や企業でも有効なソリューションになるのでは、と語ります。
増田:「『企業寮3.0』は、地域・企業・社員それぞれにメリットがあると感じています。地域にとっては、企業寮に多くの人が住むことによる経済的なインパクトが小さくありません。また企業にとっては、社員同士や社員と地域の方との交流が生まれることで、寮が人材育成の場にもなる。地元企業にテナントとして入ってもらえば、一部収益化も可能です。さらに社員にとっては、会社でも家でもない、サードプレイス的な居場所を持つことにもつながります」
増田:「企業寮は、大きな可能性を持っている。単純な寮の開発ではなく、社会性・地域性も担保した寮開発を行いたい企業さんがいらっしゃれば、ぜひ相談していただけたらと思います」
まちの企業寮「ZiNOBA」を通して、地域にひらかれた企業寮のかたちが見えてきました。
社員の健やかな生活の場であり、企業の人材育成やイノベーション創出の場であり、地域の人やモノがつながる場でもあるーー。そんなあたらしい企業寮が、これから全国で増えていくのではないでしょうか。
もし、みなさんの身近に課題を抱えた企業寮があるのなら、それは見方を変えれば、大きな可能性を秘めた資源にもなり得るのです。