まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉|まちとのつながり

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まちとのつながり

まちとくらしの再構築
〈KIRO 広島〉

目 次

本記事は、様々な土地を旅して回るフォトジャーナリスト・NUMAが、「リノベーションによる再生」に注目し、そうした土地を訪問し、滞在して綴るフォトエッセイです。

「やあ、小春日和!」と思わず声を上げたくなる、気持ち良い秋の一日。「まだ知らないどこかへ出かけないかい?」と誘われるかのように、私は朝早く起きて家を出ると、新幹線に飛び乗って広島へ向かった。

初めて訪ねる土地への期待で胸を膨らませて広島駅のプラットホームに立つと、瀬戸内海特有の、柔らかな光に包まれるような感覚が訪れ、体の隅々から歓喜が湧き上がってきた。クリームとグリーンに塗られたアンティークな路面電車に乗り換える。それほど広い市街地ではないはずなのに、路面電車はふたつの川を越えた。川べりの木々が赤く色づいている。窓越しを眺めながら、繁華街の中心らしき華やかな街角で下車し、さらに今回ステイする『KIRO 広島 by THE SHARE HOTELS』へ、アーケードのついた目抜き通りを歩いた。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉

ホテルに入ってまず感じたのは、コーヒーの香り。カウンターテーブルの席に腰をかけるスーツ姿の男性が、真剣な眼差しでコーヒーをドリップするバリスタらしき女性を眺めている。ふわっとしたアロマに引き寄せられて私も一杯オーダーし、出来上がるまでの時間を利用してチェックインを済ませた。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉

『cicane -liquid stand- (シカネ リキッドスタンド)』は広島各地のバリスタが日替わりで登場して、コーヒーやドリンクを提供している。異なる個性をもったバリスタたちの味の違いを楽しむべく、足繁く通う地元の常連さんも多いようだ。もちろん旅行者との距離感も近く、「ランチをどうしようか?」と悩んでいた私に、ローカル目線の情報をいくつか提供してくれた。美味しいドリンクを提供するスタンドが観光案内所であり、腕のいいバリスタが知識豊富な旅のコンシェルジェを兼ねる。考えてみれば、合理的で理想的な組み合わせ以外の何物でもない。

cicaneをあとにして、アドバイスをもとに私が向かったのは、つい最近ホテルの隣にオープンしたという汁なし麺専門店『颯爽』。東広島市の西条から進出したというお店とのこと。オススメの「汁なし担々麺」は、ここ15年ほどで広まった広島の新たなソウルフード。青ネギと具材がどんと乗っかった麺を、隣りに座ったビジネスマンらしき男性が背筋を伸ばして黙々と混ぜている。瞑想する禅僧を思わせるような集中力で1分以上かけて具材と麺を絡め合わせると、彼は突如として「ズズズズー」と音を立てて麺に食らいついた。唐辛子と山椒の「痺れる辛さ」が口の中を満たす、実に男らしい味覚。スープのない本場四川省の担々麺をベースに、各店舗がそれぞれの個性を加え、広島独自の発展を遂げたものらしい。私も背筋を伸ばし黙々と麺と具を絡め合わせたのだが、輪切りの青ネギが箸に絡みついてしまい、作業が思うようにはかどらない。どうやら修行不足のようだ。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉

ランチを済ませ、初めて広島を訪れた誰もが足を運ぶであろう、平和記念公園へ。『KIRO 広島』は街の中心にあり、公共交通機関が頻繁に行き来しているほか、徒歩でアクセスできる観光スポットも少なくない。5分ほど歩いて元安川のほとりに出る。それにしても川が多い。瀬戸内海に面する広島平野には6つの河川が流れ込んでおり、デルタを形成しているためだ。県西部の山地から東に蛇行しながら流下する太田川が河口部でいくつもの支流に分かれ海へと注ぐ。そのおかげで、大都市ながら豊かな緑に囲まれた川沿いと頻繁に行き当たる。ところどころに置かれたベンチで談笑したり、居眠りしたり、整備された歩道でランニングをしたり、犬の散歩をしたりする市民たち。彼らのリラックスした姿が、この街で暮らす心地よさを端的に示している。

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中洲に位置する平和記念公園を歩く。クスノキ、イチョウ、ソメイヨシノ、サルスベリ、ソテツといった樹木の多くは、国内外から寄付されたもの。多種多様な木々に覆われた公園の景観は、原爆被害からの復興の象徴のひとつとされている。その中に平和を祈念するモニュメントが点在する。『原爆死没者慰霊碑』を背に、丹下健三によるモダニズム建築の傑作『平和記念資料館』とその周囲の眺めるは、高度にデザインされたブラジルの首都、ブラジリアを思い起こさせる。『平和の灯』のまわりには平和学習に訪れた生徒や児童の集団が多数集まり、その奥の森から宗教的な鐘の音がいくつも聞こえた。対岸に原爆ドームを臨む川辺に出ると、肩を寄せ合うカップルや物静かにビールを飲む若者などがいて、地元高校の野球部員が群れをなして元気にランニングをする姿があった。人類の負の歴史が凝縮された聖地は、厳かで、清々しく、そしてどこか寛いだ空気が流れていた。

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平和記念資料館の展示には、戦争観の再考を促される、想像以上の重みがあった。一気に張り詰めた心身を休めるべくホテルに戻ると、同じ建物に入居する『CLS』という、ショップ兼オフィスのようなテナントを見つけた。ふと気になり立ち寄ってみると、そこは会員制事務所だった。

メンバーのひとりである三澤正明さんが「建設業、不動産業から旅行業、飲食業、メディアまで様々な分野の人々が集まります」と説明してくれた。地元広島で活動する人々の集うコワーキングスペースであり、地域カルチャーの担い手たちにとってのサロンでもあり、同時に旅人とローカルが交流する中継点でもあるという。これまでにKIROのパブリックスペースを積極的に利用してトークイベントを手掛けてきた。三澤さんいわく「各エリアでユニークな活動をするCLSメンバーがその土地のコアな魅力を伝える。そんな広島ツアーを準備中です」とのこと。ついでにホテル周辺の個性的な飲食店を教えてもらい、後ほど行ってみることにした。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
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広島産にこだわった牡蠣とレモンサワーの専門店『MON-TO.9』。もちろん、そのふたつを注文する。3年間養殖されたという大きな身が、チーズのようなブランデーのような濃厚な味覚とともに、20年近く生牡蠣を食べてこなかった私の胃袋に流し込まれる。一緒に提供されたタバスコを振ると旨味は一層引き立った。「万が一にでもお腹を壊したらどうしようか・・・」と不安にかられていると、カウンター越しで殻剥きをする美人な店員さんが「生活排水に汚染されていない大黒神島沖のものだから安全安心!」とお墨付きを与えてくれた。お店は立ち飲みスタイル、超がつくフレンドリーなスタッフ、隣り合わせた常連さんの会話にも自然と溶け込め、旅の気分はぐっと盛り上がった。『KIRO 広島』を象徴する『THE POOLSIDE』のバータイムを楽しもうと目論んでいたものの、地元の無農薬レモンとクラフトジンを合わせたレモンサワーの高級感あふれる味わいをリピートしつつ、旅の初夜を満喫することに

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翌朝、朝食をとるべく『THE POOLSIDE』へ向かう。エレベーターには『KIRO 岐路』と題された、瀬戸内の夕日を思わせる絵がかけられていた。『shunshun』という作家による、ボールペンによる素描。「瀬戸内の魅力的な土地へ旅をする人の分岐点として」という、ホテルの意思表示のようだ。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
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『THE POOLSIDE』は、既存建物に残されていた屋内プールをバーラウンジに改装したユニークなスペース。ガラス張りの壁面から柔らかな朝の光が差し込み、あえて残されたであろう、プールから上がるための階段や手すりが、インテリアの一部として巨大な観葉植物と違和感なく共存している。朝食時は宿泊客がほとんどだが、昼夜は地元のビジネスパーソンや住民も食事やカクテルを楽しみにやってくる。かつて整形外科病院のリハビリ施設だったという温水プールが、ツーリストとローカルの交差点として生まれ変わったのだ。

素描に触発されたのか、意識は自然と海に向いた。路面電車に揺られ終点の広島港駅で降りると、ちょうどフェリーが出港していた。呉、江田島、宮島、そして対岸の愛媛県松山へ。シェアサイクルに乗って周辺を散策する。宇品という味わいのある港町には、おしゃれなロースターカフェやベーカリー、家具や雑貨を扱うお店などが点在している。かつては島であった、陸つづきの元宇品へ足を伸ばす。町内の大半は瀬戸内海国立公園の一部に指定されている。貴重な原生林が残り、海の透明度の高い小さな砂浜からは似島や宮島が見渡せた。「ベタではあるけれど、『日本三景』を見物しようかな」。次なる行き先を特に決めていなかった私は、瀬戸内の景色をもう少し楽しもうと決めた。

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その夜は、「とにかく美味しい生ビールが飲める」と評判の『ビールスタンド重富』へ。営業はたった2時間、注文はひとり2杯まで、ツマミ類はなし。蝶ネクタイをした初老のマスターが、木製の氷式冷蔵庫の上に設置された、昭和初期と現代の2種類のビールサーバーを駆使して究極の味を引き出し、「風呂上がりに牛乳を飲む姿勢でどうぞ!」と軽妙なトークで場を和ませてくれる、気さくな立ち飲み酒場だった。

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たまたま隣り合わせた女性が馴染みのお好み焼き屋さんを教えてくれた。広島市民には行きつけのお好み焼き屋が必ずあり、それは自宅近くであることが多いらしい。彼女が教えてくれた“MASARU”も繁華街からは少し離れた場所にあった。

鉄板の前に並ぶ20ほどのカウンター席。奥には会社の同僚らしき男性たちがお好み焼きをつまみつつ会話に花を咲かせている。店主の操るヘラが鉄板とぶつかる甲高い音が響き、生地をふた代わりに載せて焼かれるキャベツから甘い香りが漂う。大釜で茹でた麺がキャベツの上に置かれ、さらにソースや青のりを振りかけられて、熱々の一枚が私の前の鉄板にすっと差し出された。手元に箸がなかったので、男性たちの真似をして、ヘラで小さく切ったお好み焼きを直接口に運んでみる。けれど口に入れる前にお好み焼きが崩れてしまい、思うように食べることができない。メニューには「そば入り」「うどん入り」とあり、お好み焼きにうどんを入れる広島の流儀に驚く。「ちなみに広島県内にお好み焼き屋さんは何軒くらいあるのですか?」と店主に尋ねてみる。すると笑みを浮かべながら「うーん、たぶん1500軒くらい?角を曲がればかならずそこにある。それが広島のお好み焼き屋」と語ってくれた(オタフクソースのウェブサイトによれば、2014年で1,656軒。人口1万人あたりの店舗数は全国一位)。小麦粉の薄い生地に乗っかった、茹でたてのそばにキャベツ、もやし、豚肉と卵。それを引き立てるいくつかの隠し味と、それらをじっくりと焼き上げる技術。シンプルに見えて奥の深い、円形をしたその小宇宙は、わずか780円ながら、一生の記憶にとどまるであろう至福の味わいであった。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
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翌日も晴れ渡った気持ちいい一日。チェックアウトを済ませ、“cicane”のドリップコーヒーを片手に宮島を目指した。週末ということで宮島行きフェリー乗り場も、厳島神社へ向かう参道も参拝者でごった返している。海上に浮かぶ朱丹の大鳥居は修繕工事中。けれども「ライトアップされる姿が逆に神秘的」と評判になっていて、一見の価値があるらしい。登山道の入り口にあるロープウェー乗り場へ向かう。「帰りの便は山頂の獅子岩駅で約1時間30分待ちとなっています、ご注意ください」とのアナウンスが改札口から聞こえる。日は次第に西へと傾きはじめていた。想像以上の混雑ではあるが、夕暮れどきの瀬戸内海を鑑賞できる時間帯。私は迷わずロープウェーに乗り込んだ。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
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獅子岩駅の展望台で見事な眺望を楽しむ。そして登山道をさらに30分ほど登った弥山の山頂には、さらに素晴らしい眺めが用意されていた。初代内閣総理大臣・伊藤博文をして「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と言わしめ、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンが「わざわざ旅行する価値がある」と三ツ星を付けた絶景。「これぞ瀬戸内の多島美!」と私は心から拍手喝采を送った。

まちとくらしの再構築〈KIRO 広島〉
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山頂近くの『霊火堂』のそばに登山道があった。お寺の人が「ロープウェーを待つよりも早く下山できる」と教えてくれたので迷わずそちらへ。凛とした空気に支配された、古代より聖域として守られた原始林を歩く。何度も立ち止まっては深呼吸を繰り返し、この上ない心地よさを体に染み込ませる。厳島神社に参拝する時間がなくなってしまったけれど「それは次回に」と気を取り直し、代わりに紅葉に色づく弥山の風景を心に焼きつけた。

日が西に沈んだあとの、工事用ネットで覆われた厳島神社の大鳥居は、ライトに照らされて不思議な美しさを見せていた。三脚を立てて露光と露出時間を決め、何度かシャッターを切る。

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紅葉シーズンの週末、それも連休初日というだけあり、宮島の宿はどこも満室だった。さて、広島市に戻るか、さらに西へ足を伸ばしてみるか。そういえば山口県は私にとって「新幹線で通過したことがある」だけの未開の地。確か岩国には、江戸時代の建築技術の粋を集めたという『錦帯橋』があったはず・・・それに今夜は新鮮な地魚で腹を満たしたい。コロナ禍に見舞われ大きなストレスを抱え込んだ1年ではあったけれど、旅はいつでも人の心を癒し、解き放ってくれる。なら、さらなる巡り合いに期待して、さらに西へと針路をとろうではないか。

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