金子 憲一さんインタビュー
雨の日も晴れの日もくつろげる暮らしづくりを工芸で。
1978年生まれ。江戸鼈甲の彫刻師の家系に生まれ、子どもの頃から様々な工芸品と触れ合って育つ。就職後は、工芸に携わる仕事に従事し、日本各地を回って作家や職人の方々との関係を築く。2015年南陽オモビト株式会社に入社、同年12月に東京・白金台に『雨晴/AMAHARE』(あまはれ)をオープン。主人/ディレクターを務める。
東京都港区白金台にある『雨晴/AMAHARE』。自然に寄り添いながら暮らしの道具づくりをしている、日本各地の作家や職人のしなものを取り扱うブランドです。ヴィンテージマンションの1階にあるお店は、さりげないおもてなしが上手な家に招かれたような、すっと心が落ち着く空間。「雨の日も晴れの日も心からくつろげる暮らし」をブランドコンセプトに掲げ、取り扱っているしなものの7割が食にまつわるもの。ご自身も、「きちんと料理をして、きちんと食べることが暮らしの基本」という、『雨晴』主人の金子憲一さんにお話を聞きました。
自然に寄り添う暮らしから生まれた道具
—『雨晴』は、日本の工芸品の中でも器を中心にセレクトされています。そもそも「工芸品」とはなんでしょうか?
「工芸」というと少し難しいもののように感じますが、私たちが取り扱いしているのは日常の中で使う暮らしの道具です。
元々は、身近に生えている葉っぱをお皿にしたり、木を加工してお椀にしたり、土を捏ねて花瓶にして花を生けたら使い勝手が良かったとか、そういったことが工芸のルーツだと思っています。
自然を暮らしの中に取り入れることが上手だった先人がいて、時を重ねる中で技術が向上したり、素材の選別ができるようになったり、その中には美的センスが高い人もいたり…。少しずつ研鑽を積んで、現在の「工芸」と呼ばれるものにつながっているのだと思います。
現代においても、さまざまな土地で、さまざまな素材を用いて生まれた「工芸品」がたくさんあります。「工芸品」という言葉ひとつでは言い表せないほど沢山の作り手がいて、それぞれの想いを持ってものづくりをしています。
—ひとくちに「工芸品」といっても、そのフィールドはとても広いのですね。
そうなんです。『雨晴』のブランドコンセプトを実現するには、自分たちのもの選びの基準が必要だと感じたので、「もののきめごと」という選定基準をつくりました。「佇まいが美しいもの」や「情緒があるもの」といった、そのものから感じることのほかに、「その土地の風土や文化から生まれたもの」、「その人にしか創ることができないもの」といった独自性への着眼、そして、「頭ではなく心で使うもの」や「人の笑顔をつくるもの」などといった、使う方の心に響くかどうかということも重視して選定しています。
もうひとつ、選ぶ上で心掛けているのは、作品に対して常にニュートラルでいることです。ひとつひとつの作品や作り手さんに対するこだわりはもちろんありますが、生活の中で使うイメージが湧くように組み合わせも意識して、セレクトしています。皆様にも、ご自身の暮らしが楽しくなることを思い描きながら、工芸品を選んで頂けるとうれしいなというのが、私たちの想いです。
工芸を、一生の仕事にすることにした
—もともと金子さんが、工芸に関わる仕事をするようになったきっかけは何ですか?
祖父母が江戸鼈甲の彫刻をしていて、その影響で父も茶道具や骨董品に興味を持っていました。子どものときは意識していませんでしたが、その頃から身近に工芸品があって、実際に触れて育ってきた経験が原体験です。
就職して、日本のものを扱う店で働くことになったときに、初めて南部鉄器の急須を見ました。とてもかっこよくて「こんなものが日本にあるんだ」と感動しました。そこから工芸に魅了されて勉強をしていくうちに、なぜ、現代までその工芸品が残っているのか、なぜ、長く使われ続けているのか、そこにきちんとした裏付けがあることを知って面白くなって、気がつけばずっと工芸に関わり続けています。奥深い世界なので、一生を尽くしても勉強しきれないフィールドだと思っています。
—その想いが形になったものが『雨晴』なのですね。金子さんが、『雨晴』の主人になった経緯を教えてください。
『雨晴』の運営会社である南陽オモビト株式会社は、富山県高岡市にあります。高岡は鋳物や漆器などの職人が多い町で、作り手が身近にいる環境です。地元貢献も含めて、工芸品を主軸にして、「作家や職人の方々と一緒に新しい暮らしの価値をつくる」というプロジェクトが立ち上がった時に、声をかけて頂いて入社しました。
入社当時は、「こんなことをしたい」という会社の想いはありましたが、ブランドの名前もコンセプトも決まっていませんでした。オープン準備期間中に全国の作家さんを巡って話しをするうちに、作家さんの生活やその環境がものづくりに影響していることに気が付いたんです。さまざまな作家さんの暮らしを見せて頂くうちに、“暮らしをつくる”という言葉が浮かんできました。
—作家さんたちの暮らし方は、生活とものづくりが密接に結びついていた、ということでしょうか?
そうです。東京に住んでいるとどうしても自然とは距離がありますが、地方の作家さんは自然と共生した心地よい暮らし方をしていました。そういう暮らし方は、お客様にとってもヒントになると思って、「自然との関わり方」もブランドのテーマに入れたいと考えるようになりました。
ある程度、事業の方向性が固まってきたころに、会議の途中で社長が「海を見に行こう」と言って(笑)連れ出してくれた場所が、富山県高岡市にある『雨晴(あまはらし)海岸』でした。富山湾越しに雪化粧をした立山連峰が見える素晴らしい場所なんです。“あまはらし”という言葉もとてもきれいで、この気の良い名前を拝借して、『雨晴(あまはれ)』と名付けることにしました。この名前がきっかけで、「雨の日も晴れの日も心からくつろげる暮らし」という、自然との関わり方をテーマにしたブランドコンセプトも誕生しました。
作家の暮らしに寄り添って、長く付き合っていく
—長く工芸品に携わってきた金子さんが工芸品に感じる魅力とは、どんなことですか?
作り手の方の個性がものから伝わってくることですね。ものを見たときに直感的に魅力を感じたことが、作家さんと会ってその方を知ることで、「そういう想いがあるから、このような佇まいの美しい作品が生み出されるのだな」と理解できる。
そして、それは必ず変化するんです。時間が経てば人の気持ちや暮らしは変化していく、その変化とともに良い意味で作品も変化していくのが魅力的だなと思います。
—いま、雨晴では40件弱の作家さんや職人さんとお付き合いをされています。作り手の方々とはどのように出会うのですか?
もともと僕が好きで、作品を愛用している作家さんにお声がけをしたり、地方ではギャラリーや伝統工芸会館に立ち寄ります。そこで気になったものをつくっている作り手さんの住所を教えて頂いて、会いに行くこともあります。あと、沖縄で作家さんと飲みに行くと、知り合いの作家さんや陶芸を志すお弟子さんを紹介してくださることが多いんです。その時はお弟子さんだった方がその後、独立してお取引が始まったということもあります。すべては人と人とのご縁からお付き合いが始まっています。
—作り手の方々とお付き合いするときに気をつけていることはありますか?
作り手の想いを、お客様に正しく伝えることを常に心掛けていますね。一度会っただけでは聞けないことや理解できないこともあるので、何回も足を運んで、飲みにも行って(笑)、一緒に展示会を企画しているうちに、作り手の想いを少しずつ理解していきます。
人の感情は時間が経つと変わるものなので、今はこんなことを考えているからこんな表現をしたいのかと解釈して、その心境のときに、『雨晴』では何ができるかを考えていますね。
—ただ作品を取り扱うのではなく、作家さんの暮らしと生き方に寄り添いながらお付き合いをしているのですね。
作家さんと、より深く長いお付き合いをしたいという思いは大きいです。例えば、1年に1回、個展を開催しても、作家さんは1年で心境の変化があって作風が変わる。その変化の過程をきちんと一緒に見ていけるのが、同じ作家さんと長くお付き合いするメリットですし、そういうパーソナルなお付き合いができるという意味でも、工芸に関わる仕事は魅力だと思います。
ビジネスの観点で言うと、『雨晴』オリジナルの商品をつくって欲しいとか、納期を早めて欲しいとか(笑)、いろんな要望が出てきます。でも作家さんや職人さんは家業として経営されている方も多いので、家族の事情があったり引っ越しをしたり……生活そのものが仕事につながっている。僕が企業の人として接するとそこが見えなくなるし、短期間のお付き合いでは理解できないことです。僕の背景に会社があったとしても、僕自身はいち個人として接するようにしていて、長く関係性を持つ中で、お互いが気持ち良くできるように相談しながらお付き合いして頂いています。
作家の暮らしの中には、私たちの暮らしに役立つヒントがある
—長く作家さんとコミュニケーションを取って、作風の変化を直に感じている金子さんが一番楽しそうです(笑)。『雨晴』のウェブサイトで『暮らしをつくる人』というコラムを連載されていますが、その意図はなんですか?
多くの方に作家さんや作品の魅力を知ってほしいという理由からです。作家さんの家に行くと、暮らしのヒントになることがとても多いんです。それを僕の中だけにとどめておくのは勿体無いなあと思うので、ホームページのコラムで書いています。
ものづくりの背景を詳しくお伝えするというよりは、作り手がどのような環境で暮らしていて、ご自身の作品をどのように使っているのかという視点でご紹介しています。こういったコミュニケーションを通じて、自然なかたちでお客様が工芸を暮らしの中に取り入れてくださったらうれしいですし、最終的には、『雨晴』に関わるすべての方々の暮らしが心からくつろげるものになることを願っています。
—個展のたびに、ワークショップなどのイベントを開催するのも同じ理由ですか?
ブランドコンセプトに「暮らしをつくる」と掲げていますが、これは、作家さんとお客様と『雨晴』の三者でつくっていくものだと考えています。そのために、三者がコミュニケーションを取る場のひとつがイベントです。
沖縄の作家さんに会いに行くと、お茶やコーヒーを出してもてなしてくれるのですが、それがとてもスマートで、緊張したり、恐縮することなく接することができます。そんな感覚のことを『雨晴』でも実現したいなと思って、眞喜屋さんの個展の会期中に『ゆんたく』と称して、眞喜屋さんとお客様が直接コミュニケーションをとれるイベントを開催しました。『ゆんたく』とは、沖縄の方言で井戸端会議のことを指します。
店頭で表現しきれない情報はWEBやSNSも活用して配信しています。例えば、眞喜屋さんの器に料理を盛り付けた画像を毎日、『雨晴』のインスタグラムで公開しました。沖縄の器は、強い絵付けのイメージがあって、使いづらいと思っている方もいるだろうなと。でも、眞喜屋さんの器は料理が本当に美味しく見えるし、どんな食材でも映える。僕たち自身も、やっぱり眞喜屋さんの器は美しく、使い易いと再認識できる機会になりました。
—2018年6月にはリビタとコラボレーションイベントを開催されました。リビタがリノベーションした一戸建てで線香花火のワークショップとクラフトビールを飲むという内容で、大盛況のイベントでした。
リビタは、古いものに新しい価値を加えるということをやっていますよね。僕たちは、基本的には新しいものを扱っていますが、先人が築き上げてきた日本人の感性を引き継いでいる作品を多く取り扱っています。リビタも僕たちも、着眼点としては「元からあったものを生かす」という共通点があって、親和性があると思っていました。僕自身も、ルーツがある住まいやものをどう生かすか考えることを面白いと感じるので、今回のコラボレーションイベントはとても楽しかったです。
古い建物をリノベーションして住みたいという人は、ご自身のスタイルを確立されている方が多いと思いますので、『雨晴』のコンセプトに興味を持って頂けたらうれしいですし、僕たちの扱っている工芸が、リビタが手掛けたリノベーション空間に溶け込んでくれたらうれしいです。
当たり前のことを、当たり前にしていく大切さ
—さまざまな作家さんの豊かな暮らしぶりを見ている金子さんですが、ご自身はどんなお住まいに暮らしているのですか?
近くに大きな公園があって、東京でありながらも自然を身近に感じられる場所に住んでいます。リノベーションされた物件で、共用部が充実していて屋上が住民に開放されています。屋上を自由に使えるのは、そこに住む決め手のひとつになりました。休日にどこかに出かけるのもよいのですが、プライベートな場所で風や自然を感じたいときもあります。そんな日は、屋上にハンモックを吊ってゆっくりまどろんでいます。
—マンションなのにそんな環境がある暮らしは、うらやましいですね。『雨晴』のコンセプトである「雨の日も晴れの日も心からくつろげる暮らし」をご自身の暮らしでも実践なされている金子さんが、普段心掛けていることがあれば教えてください。
休みの日は家族でゆっくりすること、きちんとごはんをつくって食べる。季節のもの、鮮度の良い食材を、家族と会話しながら買って、料理して、食べる時間を意識してつくっています。器をきちんと選んで、ゆっくりお酒を飲みながら食事をすることが僕のリセット方法で、食生活を含めて日々愉しむことを心掛けています。
未来の暮らしを一緒に描ける工芸を選ぶ
—これまでに『雨晴』で扱ってきた工芸品の多くは、金子さんご自身も使われているそうですが、特に印象に残っている作り手さんや工芸品はありますか?
どの作り手さんもとても印象深いのですが、あえて挙げるなら富山の木工作家Shimoo Designの下尾和彦さん、さおりさんご夫妻です。もう10年くらいのお付き合いがある作家さんで、お二人とも家具職人として修行をされた後に独立。富山県八尾町に自宅兼工房を構え、作品づくりに励んでいらっしゃいます。
和彦さんもさおりさんも生活感度がとても高く、家具以外に食に関連するものにも興味をお持ちで、食器の製作も手掛けるようになりました。木の器は、料理をのせると木にシミがついてしまうのが悩みでした。10数年、試行錯誤して誕生したのが、経年変化したような詫びた表情を持ちながら、油にも水にも強い木の器です。ちょうど、ガラスコーティングの技術が世の中に出始めた頃で、技術革新とShimoo Designさんの想いが合致して生まれました。今では国内に限らず海外のシェフからも注目される、人気の作品になりました。
この器が出来てからShimoo Designさんの作風はガラリと変わって、本職の家具にも生かされています。無塗装のような木の木目が浮いて見えるShimoo Designさん独自の仕上げ方法を『浮様(ふよう)』と名付けてブランドにされたのですが、この浮様のロゴを『雨晴』に依頼していただいたんです。ひとつの店、ひとつの作家という枠を超えて、お互いのブランドをつくっているという点で、とても印象深い作家さんです。
—今や全国的に知られるようになったShimoo Designさんですが、金子さんは10年前から注目されていた。良いものを見極める審美眼は、どんなふうに磨いているのですか?
ものを見る力ですか…。自分にその能力があるのかはわかりませんが、強いて挙げるなら子どもの頃から工芸品に触れられた経験が大きいと思います。ただ眺めるだけではなく、使っていたという経験です。仕事を始めてからは、たくさんの器を作り手さんの元で拝見してきたので、作品や工房の雰囲気で、良さそうなもの、他とは違う雰囲気があるという気配は感じられるようになりました。あとは、つくっている方との相性もありますね。『雨晴』のコンセプトに共感して頂き、その作家さんと明るい未来をつくることができたらうれしいです。
個人的には、素材の特徴が出ていて、個体差がある作品に惹かれます。長く使えるものを選ぶのは前提として、眺めているとそこに自然の情景が広がってくるというか、その作品の世界に引き込まれるものに興味があります。少し歪んでいるけれど、そこに魅力を感じたり、新しいものなのに、時代がかった空気をまとっているものを選ぶ傾向がありますね。
—全国の作家さんを巡るために都会と自然を行き来されている金子さんは、仕事とプライベート、都心と地方などの境界線を引かずに活動されているように感じます。
工芸が趣味であり仕事でもあるから、今は、仕事とプライベートの境界線はなく、仕事が生活の一部になっているのかもしれません。工芸は奥が深くて、全てを知ることができない世界です。でも、それを学ぶことで自分の国のことを理解していけるし、文化も知ることができる。工芸に関わる仕事をこの先も生業にしていけたら良いなと思いますし、そうなれたら幸せです。
都心でも地方でも、自然を感じられるような住まいがあると良いと思いますが、場所的な要因は簡単には解決できません。それでも自然を感じられる要素として、僕は工芸品があると思っています。工芸は、自然から生まれた素材を使っているので、工芸品を持っているということは、手元の中で自然を感じられる暮らしを実現できる可能性があるということ。多くの人が、手の中で自然を感じながら生活していけたら素敵だなと思っています。
金子 憲一さんのお気に入り
雨晴の由来となった国定公園
富山湾越しに見る立山連峰の雄大な眺めが圧巻の景勝地。四季折々に違う表情を見せる景色は、昔から多くの人に愛されており、万葉の歌人大伴家持は、ここで多くの歌を詠んでいる。「行くたびに様々な表情で愉しませてくれる素晴らしい景色です。高岡に行くときは必ず立ち寄るようにしています」と金子さん。
富山県高岡市太田
JR氷見線雨晴駅から徒歩5分、能越自動車道高岡北ICから車で15分
富山から発信する、美しい日本の道具
富山県八尾町で木工の作品を制作するShimoo Designのテーブル。木目が浮き上がったような表情をしていることから『浮様』と名付けられたShimoo Designオリジナルの仕上げが施されている。木という自然の素材に手を加えることで、より自然な表情になっている素晴らしい作品。
Shimoo Design『浮様』の『Mテーブル』
2台セット価格(ベンチ・スツールを除く)
W1400 × D450 × H700 ¥530,000(税別)
空間を優しく照らす、包容力のある明かり
「透過した世界に懐かしい記憶の断片がよみがえる」をコンセプトに、おおやぶみよさんが制作しているガラスの照明『MEMORY』。「空間を、月明かりの下にいるようにしっとりとした雰囲気にしてくれる照明です。自宅でも使っていて、毎日の食事の時間を優しく照らしてくれています」と金子さん。
おおやぶみよ『MEMORY』
個展会期中のみ販売。詳しくは『雨晴』までお問い合わせください。
『雨晴/AMAHARE』
東京都港区白金台 5-5-2
TEL:03-3280-0766
MAIL:info@amahare-shop.jp
URL:https://www.amahare.jp/
営業時間:11:00 – 19:30
定休日:水曜 ※ほか不定休あり。『雨晴』ホームページにてご確認ください。