坂田 夏水さんインタビュー
私らしい空間をイメージする。 DIYで住まいを豊かに
1980年福岡県生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業後、設計事務所と工務店勤務を経て、株式会社夏水組を設立。空間デザインやリノベーションのほか、オリジナルの塗料や壁紙、企業とコラボレーションした建具などの商品開発も行う。2013年、西荻窪の事務所の空きスペースを利用して自身が集めた建具や海外製ハードウェア、雑貨などを販売するショップ「GONGRI(ゴングリ)」をオープン。2016年に代官山に移転し、「Decor Interior Tokyo」としてリニューアル。『初めてでも失敗しない!リフォーム&インテリアアイデアBOOK』(KADOKAWA)『セルフリノベーションの教科書』(誠文堂新光社)などの著書を通じて、DIYのアイデアを発信している。
代官山でインテリアマテリアルストア「Decor Interior Tokyo」を展開している株式会社 夏水組 代表取締役の坂田夏水さん。初心者でも気軽に始められるDIYのアイデア紹介や賃貸住宅でも取り入れやすいオリジナルのDIYグッズ販売など、DIYという方法を通じて「自分らしい豊かな空間をつくること」を提案しています。今回はそんな坂田さんに、DIYを無理なく暮らしに取り入れるアイデアや自分らしい空間づくりを楽しむヒントを聞きました。
DIYなら始めやすい、自分らしい空間づくり
ー今日は坂田さんが運営するインテリアショップ「Decor Interior Tokyo」に伺いました。店内にはグラフィカルな輸入壁紙やニュアンスカラーの塗料、アンティーク風のフックなどが雑貨感覚で並んでいて、空間のイメージがふくらみます。
ここでは洋服やアクセサリーのように気軽にインテリアアイテムを選んで、暮らしを楽しむきっかけにしてほしいと思っています。壁紙や塗料、フックなどのパーツといったDIYグッズから照明やドア、床材なども扱っていて、例えば「この照明にはこの壁紙が合うな」など、空間をトータルでイメージできるようにしていますね。
DIYも気軽に始めてほしいから、例えば壁紙は幅52cmからの輸入壁紙をセレクトしています。国産壁紙は90cmと幅広なのでDIYで扱うのは少し難しいのですが、輸入壁紙なら一人でも十分貼れるんですよ。1m単位で切り売りしているので、いきなり壁に貼るのは抵抗がある方もパネルにして飾ったり家具に貼ったり、気軽に取り入れられます。
リーズナブルな価格にもこだわっていて、例えばフックやタオルハンガーは3,000円以下のものがほとんど。最近は芸能人が低予算DIYに挑戦するTV番組の影響などもあって、「工夫すればリーズナブルにリノベーションできる」ということが広く知られるようになりました。その番組では100円ショップのアイテムを駆使したりしていますが、ここではそのワンランク上で、でもそこまで高級ではないアイテムを揃えています。
ーオープンして3年。DIYに興味を持つ方は増えていますか?
前述のTV番組のようにメディアでDIYが取り上げられることが増えて、興味を持つ人は多くなっていますね。例えばうちの定番商品に、今の壁紙の上から貼れて後できれいに剥がせるドイツ製の壁紙専用糊があります。賃貸住宅でも気軽に使えるのがいいなと思って扱い始めたんですが、オープン当初は一部の情報通の人しか知らないような存在でした。ところが最近はテレビ番組や女性誌で紹介されるようになったおかげで、この製品を目当てに来てくださるお客様も増えています。
よく言われることですが、日本は衣食住の中で「住」に対する意識がすごく遅れています。「家の中より外側のファッションをきれいにしておけばいい」というように、大切にされてこなかったんですよね。確かに、インテリアにこだわらなくても生活すること自体は困らないじゃないですか(笑)。ヨーロッパに比べると、ホームパーティーなど家に人を招く習慣がないのも理由だと思います。
でもインスタグラムなどSNSでみんなが暮らしの背景を見せるようになって、生活に意識を向ける人が増えてきたなと感じます。誰でもSNSで海外のインテリアを見られるようになった影響もあるのかな。向こうでは一般的な家庭でも好きな壁紙やペイントを楽しむことが当たり前だから、「こういうこと、日本でもできるんじゃないの?」と思う人が増えてきたと思います。
ーヨーロッパと日本では、インテリアはもちろんDIYへの意識もかなり違うそうですね。
2010年のある調査では、自分で壁紙を貼った経験がある人の割合は東京が3.3%なのに対して、パリは60%弱。2人に1人が経験しているんです。ニューヨークとロンドンも30%を超えています。でも近年、日本の数値が10%程度になると業界では言われてきています。少しずつ状況は変わりつつありますね。
日本では住まいのメンテナンスは業者に頼むことが当たり前だったし、むしろまったくメンテナンスしない人も多かった。新築して数十年、まったく手を加えないまま解体を迎える家も多いですよね。でも住まいは、長く付き合っていく大切なもの。「子どもを育てるように」じゃないですが、時間をかけて手をかけることで自分らしい豊かな空間になっていくと思います。
ーそうしたことを考えるようになったのは、坂田さん自身の経験からですか?
学生時代にヨーロッパをバックパッカーで旅した時、現地でカルチャーショックを受けた経験が大きいですね。向こうでは住み手が自分でハウスメンテナンスをする文化があって、DIYは当たり前。知り合いの家でも気軽に壁紙を貼り替えているし、家族で街の建材屋さんやホームセンターを訪れて選ぶのも日常的な風景なんです。ホームセンターで売っているDIYパーツやマテリアルも、日本に比べてすごく種類が多いしセンスもいい。女性も楽しく選べるラインナップになっていて、それがすごくいいなと思って。
日本でもお父さんの日曜大工のような文化は成熟していたけど、一部の人のものでしかなかったというか。それを女性も楽しめるようになれば、住まいのあり方は変わっていくんじゃないかと思いました。
ー「Decor Interior Tokyo」で売っているのもクラシカルな柄ものの壁紙だったりアンティーク風パーツだったり、女性に人気が出そうなものが多いです。
日本でもDIYショップは増えていますが、女性が好きな世界観のショップはなかったな、と思って。私個人がこういうテイストが好きだから選んでいると思われがちなんですが、実際はちょっと違うんです。業界内での住み分けというか、戦略的なところが大きいですね。
実際、お客様の9割が女性です。代官山という土地柄、ウィンドーショッピング感覚で立ち寄ってくださる若い方もいますし、実際に住まいに取り入れたいとじっくり選んだり相談してくださる方も増えています。
家づくり本番の前に、自分の「好き」を知っておくこと
ー坂田さんの著書『セルフリノベーションの教科書』にはすぐに真似できそうな事例がたくさん紹介されていて、「インテリアを変えることってそんなに難しくないんだな」と、なんだか身近に感じられます。
日本では、いざ家を建てよう、買おうと決めてから「そういえば、私はどんなインテリアが好きなのかな」と悩んでしまう人が多いですよね。それは、経験値が少ないからなんです。自分がどんな空間が好きか、考える機会が圧倒的に少ない。かといって家を建てたり買ったりするのは大変なことだし、何度もできることではないですよね。でも無理にそこを目指さなくても、例えば今住んでいる賃貸住宅でもできることはたくさんあるんです。DIYアイテムもかなり進化していますし、アイデア次第で空間を自由に変えられる。ショップや本を通して、それを伝えられたらと思っています。
気楽に、練習する感覚で今の住まいでいろいろ試してみて「私はこういうデザインが好きだな」「この色や素材が好き」と分かってから、新築やリノベーションに進んでもいいと思う。いきなり本番だと不安ですしね。個人的には、みなさんの経験値や意識が変われば業界も淘汰されて、いい工務店や設計者だけが残っていけると思っています。
ーまずはどんなことから始めたらいいんでしょう?
最初は「寝室の壁一面だけ、好きな壁紙を貼ってみよう」とか、ファッションを楽しむような感覚でいいと思うんです。全部変えなくても、少しずつで全然いいと思うんですよ。むしろ「リノベーションは一気にやらない方がいい」という説もあるくらい。一気にすべてをやろうとすると体力的にも気持ち的にも疲れてしまうし、途中で「やっぱりここはこうした方がいいかも」とか「この色は意外と派手だったから、こっちの壁紙はもうちょっと抑え気味にしよう」とか、変えたくなることもありますから。
洋服も、全身をコーディネートして一気に買うことって少ないですよね。まずは1枚買って手持ちのアイテムを合わせてみて、合うものがないと思えば新しいアイテムを買い足して……、という調子で増やしていくじゃないですか。家も同じなんです。例えば照明を変えてみて、いい感じになったと思ったら今度は背景の壁を好きな色に塗り替えようかな、壁紙を試してみようかなと、少しずつ時間をかけてやっていけばいいと思います。
そうすると気に入った服を着て出かけたくなるように、部屋も誰かに見せたくなるんです。するとそれを見に来た友達が「私にもできるかもしれない」と始めてみる、という連鎖反応が起きることが多いんです。壁のペイントを友達に手伝ってもらって、するとその友達も「楽しかったから自分も塗ってみよう」と別の友達に声をかけて……と、いい連鎖が続いていく。それが、DIYが盛り上がり始めている理由の一つになっていますね。
家族の成長や季節に合わせて家を変えていってもいい
ーインテリアの楽しさが伝播していくんですね。そんな環境の中で育った子どもの感覚も変わりそうです。
そう、ハウスメンテナンスをしっかりする「住まいをないがしろにしない」家なら、家族でインテリアを考えたりDIYを楽しむことが当たり前になっていくと思います。子どものライフステージに合わせて「小学校に入学したら、あなたの好きな色で部屋の壁を塗ろうね」と相談したり、イベントごとにリビングの壁をみんなで塗り替えたり。そんな楽しいコミュニケーションが身近にあれば、子どもは当たり前のように自分の子にも伝えていくと思う。欧米のDIY文化が成熟しているのは、まさにそうした環境が背景にあるんです。
我が家は2年に一度引っ越しているんですが、そのたびに子どもたちと一緒に壁紙を貼り替えたり、ペイントしたりしています。娘はショップで販売している「decolfa」のインテリアマスキングテープが好きで、渡すと好きなところに貼って楽しんでいますね。この間は私のママ友に「こうやって使うんだよ」と使い方をレクチャーしていました(笑)。彼女は自分が好きな空間のイメージも、しっかり持っています。母の私が小さい時から「どの色がいいの?」って選ばせたりしていたから、意識するようになったんだと思います。
ーインテリアについて家族で話すことって、意外と少ないかもしれません。
服について話すことはあっても、毎日使うベッドカバーやカーテンのことでさえ、あまり話題に上らないですよね。でも本来それらも、服と同じように着替えて楽しむもの。子どもの部屋のものは子どもの好みに合わせて選ぶのが当たり前だし、冬になったらコートを着るように季節ごとに変えたり、気分に合わせて一新したり。そうすると、暮らしていても毎日楽しいですよね。壁の色を変えるだけで、気分がすごく変わりますから。
賃貸住宅でもできる、DIYを楽しむポイント
ーそうは言っても賃貸住宅の場合、DIYへのトライは難しいイメージがあります。
日本の賃貸住宅のほとんどに「原状回復義務」というルールがあります。「退去時は住み始めた時の状態に戻しなさい」というもので、そのため壁をペイントしたり大きなビス穴を開けて大型ミラーを取り付けたりということは、確かに賃貸住宅では難しい。一方でヨーロッパでは、住み手がセンスよく壁をペイントしたりすると「物件の価値が上がった、次はもっと高い賃料で貸せるわ!」と大家さんが喜ぶんですよ。新築時が一番価値が高いとされる日本とは対照的ですね。
けれど日本でも少しずつ、改装可能な賃貸物件が増えてきました。国土交通省も、住み手の好みに合わせて改装可能でかつ退去時に原状回復しなくていい「DIY型賃貸借」の普及を進めています。事前にどんな改装をするか貸主に承諾をとる必要はありますが、それはあくまで安心安全な素材を使うかチェックするため。物件によっては、火事が起きた場合に燃えにくい素材を使うよう定めた「内装制限」というルールを守る必要もあるので、信頼のおけるDIYショップに相談するのが安心ですね。「Decor Interior Tokyo」では、こうした相談に応じてくれる全国のショップ情報をまとめた『DIY型賃貸借start book』を製作しました。
ーー般的な賃貸住宅でも取り入れやすいDIYのヒントを教えてください。
私はリノベーションの方法を「貼る・塗る・つける・飾る」の4つに分けてイメージしてもらっています。賃貸住宅で取り入れやすいのが「貼る」ですね。例えば、今の壁紙の上から好きな壁紙を貼る。後で剥がせる糊を使えば、退去時に剥がせばOKですから。キッチンの面材や冷蔵庫に貼れるシートやマスキングテープも、手軽に印象を変えられます。
フックやタオルハンガーなど「つける」アイテムもおすすめです。壁に小さく穴が空きますが、後で埋めれば大丈夫。壁下地を傷めない「対荷重フック」なんかは、100円ショップでも見かけるようになりましたよね。「塗る」でいうと壁のペイントは賃貸だと難しいケースが多いですが、イスやテーブルなど手持ちの家具を塗ってみても印象が変わって楽しめます。
ーDIYアイテムが日々進化しているからこそ、賃貸住宅でも気軽に試せるんですね。著書では、タイルや珪藻土など難易度が高そうなアイテムのDIYも紹介していますね。
例えば壁に珪藻土を塗る作業は一定の技術がいるので、DIYで施工するとムラが出ます。でもそれも、自分の家ならではの味わいになって、いいと思うんですよね。家族の思い出にもなりますし、コミュニケーションも生まれます。
DIYは、プロの職人さんの仕事とは全然違います。職人さんは細かな納まりまで間違いの許されない世界ですから。でもDIYを経験すると、プロの仕事や対価への理解が深くなるんです。以前は職人さんの価格を知って「こんなに高いんですか」と驚いていた人が、自分で塗ってみて「大変さがよく分かったから、やっぱり職人さんに頼むことにしました。価格にも納得しました」と変わることもある。そういう理解があると、業界や職人さんの状況ももっと良くなると思うんですよね。
私も引っ越すたびに住まいに手を入れてきましたが、その中で「天井は自分で塗らない」というマイルールができました。塗料が垂れてくるし、筋肉痛もひどいから(笑)。どうしても塗りたい時は、職人さんに頼みます。もちろん家は何年もかけて育てていくものだから、「いつかトライしてみよう」と少しずつ知識や技術を高めるのも楽しみになっていくと思います。
ープロに依頼するのとDIYの線引きはどうしたらいいですか?
基本的に電気配線や水まわりの給排水設備は安全性の問題や資格が必要な場合もあるので、プロに依頼してください。タイル貼りや左官など少し難易度が高いものは、まずはワークショップに参加してみるといいですね。「Decor Interior Tokyo」でも、珪藻土を塗るワークショップを行っています。体験してみて「楽しかった、もっとやりたい」と思えば自宅もDIYに挑戦してみればいいし、「難しい、大変」という思いが強かったらプロに頼めばいい。
そういうことを含めて、自分で住まいについて考えてみることが大切だと思います。自分の好きなもので空間を彩る暮らしは豊かだし、年月を減るごとに住まいを好きになっていけたら楽しいですよね。
【SHOP DATA】
Decor Interior Tokyo
東京都渋谷区恵比寿西1-31-18
TEL : 03-5784-1597
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜
https://material-interior.com/decor-tokyo
坂田 夏水さんのお気に入り
季節を感じながら家族で週末を過ごす場所
「子どもが生まれてから、住まいを選ぶ基準の一つに『公園が近いこと』が加わりました」と坂田さん。吉祥寺に暮らす現在は、毎週末のように二人の子どもを連れて井の頭公園へ。名店「いせや」の焼き鳥をテイクアウトして、子どもたちと池のボートでのんびりするのが定番の過ごし方なのだそう。緑豊かなエリアは子どもたちの遊び場にうってつけで、「夏は虫かごと虫取り網を持たせて『行ってこい!』と送り出します」。
井の頭恩賜公園
東京都武蔵野市御殿山1-18-31
長い付き合いの一脚を、張り地を変えて一新
ショップ移転前、坂田さんが自ら仕入れたアンティークチェア。もともとレザー張りだったが、背もたれと座面をインテリア用の張り地に替えてリメイクしたそう。「家具もこうして張り地を変えると、印象が変わります。でもこの椅子、素敵なのになぜかなかなか売れなくて(笑)。あまりに空間になじんでいるので、このままずっとここにあってもいいかなと思っています」。
インスピレーションを刺激する世界の装飾
インテリア関連専門の古書店で見つけた豪華な一冊。「ペルシャ」「インディアン」「ルネサンス」など、さまざまな地域や時代から集めた図版が百種類以上フルカラーで収められていて「何時間眺めていても飽きません」と坂田さん。こうした古いモチーフが、オリジナルのマスキングテープやタイルシートのヒントになることもあるそう。